1958年4月,日本育英会法が改正され,1958年度から「特に優秀な資質・能力をもちながら,経済的理由により著しく進学困難な中学卒業予定者」を対 象とする特別貸与奨学生制度が新設された。この制度は,それまでの奨学金制度とは別立てに,予約採用を前提に全国一律の厳格な学力および経済的基準に基づいて選抜した貸与者に,一般貸与よ りも高額を貸与した上で,一般貸与相当額を返還すれば残りの額の返還を免除する制度であった。
特別貸与制度の創設は,日本育英会の中で行われた高校進学時の予約制奨学金貸与への実験的試 みを前提に,それまでの奨学金制度が,貸与金額の小ささのために必ずしも受給学生の学業専念に貢献していないという学資貸与制度の自己矛盾を克服するひとつ の方法として導入された。他方,自民党は1957年の新政策綱領において「経済上の理由で上級学校に進学出来ない英才のために,高等学校から大学までの学費を全額貸与し得るような育英制度をもうける」としており,「法律改正の発端は,岸総理の主唱により内閣の新政 策としてとりあげられた英才教育・進学保障制度の創設」にあったとされている。この新制度の創設と中教審による政策提言との関係は,育英奨学制度に関する包括的な政策提案を行った前述の中教審答申「育英奨学および援護に関する事業の振興方策について」は1958年 7月28日諮問,1959年3月2日答申であり,1958年4月18日に法案が成立している1958年の日本育英会 法改正とは直接関係するものではない。特別貸与制度の創設は,中教審からの政策提案に依拠する ものではなく,日本育英会の創設時の構想に再び取り組むものであると同時に,政治的主導による 英才教育の政策として実施された政策とみることができる。
しかし,この制度は,創設当初から文部省担当者により2点の制度上の問題点が指摘されていた
。第一は,特別貸与において上乗せ分の返還を免除すべき理由が明確ではない という批判である。免除すべき事由を,本人の優秀性,経済的困窮性,返還困難な金額を貸与する ため,のいずれを論拠にしてもそれらは貸与当初から存在しており,返還時の免除理由としては適切ではない。第二は,一般貸与相当分の返還が滞った際には,特別貸与分を含めて一括返金が請求されることへの批判であり,その回収困難を指摘している。しかし,これらの問題は整理されることなく,新制度は導入されている。この特別貸与制度は,当初予約採用のみであったが,一般貸与 奨学生の出願者の中に特別貸与の採用候補者よりも学力・家計状況ともに適格性があると判断されるケースが多く存在したことなどから,1970年度から一部は在学採用に変更されるなどの制度調整がなされながら,1984年の日本育英会法改正まで続いていく。