[2009年多摩美術大学研究紀要24号] 高橋士郎 Raymond Roussel and Cyber-art |
参照1) 著者のルーセル研究サイト |
レイモン・ルーセルの奇想天外な小説『アフリカの印象』1910年は、アフリカのポニュケレ国タルー七世の聖別式祝祭において。アフリカの[自然芸術]とヨーロッパの[科学芸術]が、競演する物語である。 |
参照2) 『Impressions d’Afrique』 オリジナル本の画像サイト |
小説『ロクスソルス』1914年は、科学者カントレルがパリ郊外の丘陵に建設した芸術の殿堂で、彼の研究成果を披露する物語である。 |
参照6) 『Locus Solus』 オリジナル本の画像サイト |
ジュールベルヌの科学小説『驚異の旅シリーズ』が、生活の実用品の夢を提示し、100年後の現代に実現されていくのとは対照的に、ルーセルの小説は高次に知的総合された想念世界を提示し、100年後の現代のサイバー世界を類推させる。 |
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ジュール・ベルヌは小説の草稿『20世紀のパリ』1863年において、100年後の1963年には、芸術が金融経済と科学技術に駆逐され、人生は歯車や伝達装置の仕組みで説明されるようになると予想した。 |
ジュール・ベルヌ 参照11) 『Paris au XXe Siecle』Machette, 1994 参照12) 『Paris in the Twentieth Century』translated by Richard Howard. Bllantine Books. 1995 参照13) 『二十世紀のパリ』榊原晃三訳 集英社1995年 |
主人公ミシェルの叔父さんは実利的な実業家で、絵画は着色図面、デッサンは製図、彫刻は石膏型、音楽は汽笛、文学は株式明細書だけで芸術を理解しているという有様である。 |
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ミシェルはさらに、今日では、詩の領域にも科学と機械が侵入し、書店にある現代詩集は『詩的平行四辺形』『電気諧調』『空気観想』『脱炭素の頌歌』と云う有様だと嘆く。 |
高橋士郎のキネティックアート作品発表 |
『脱炭素の頌歌』に関しては、炭素燃料に換わる原子炉発電が、日本においても1963年に実用稼働され。その後、低炭素社会の実現と放射能廃棄物の問題は、現代の大きな問題となっている。 |
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肥大化した大脳皮質をもてあます人類の狂気は、宗教・芸術・文芸などの、あの世の想念世界に向けて創作エネルギーを発散してきたが、行き場のなくなった創作エネルギーが、一旦物質文明の方向に向かうと、粗野な工業生産物を大量に生産し、地球環境をも破壊しはじめる。 |
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ジュール・ベルヌが出版社に持ち込んだ、この悲観的な小説『20世紀のパリ』は採用されずに未刊となり破棄される一方、『気球に乗って五週間 三人のイギリス人によるアフリカ探検』が空前の成功をおさめて、ジュール・ベルヌは人気作家としてデビューする。 |
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しかしながら、編集者ジュール・エッツエルが1886年に没し、契約による空想科学小説『驚異の旅シリーズ』の執筆が一段落すると、ジュール・ベルヌは、再び科学技術に批判的な人間性を描くようになる。 |
ジュール・ベルヌ小説『カルパチアの城』1892年 |
巨匠ジュール・ベルヌのような人気小説家をめざしたレイモン・ルーセルの小説『アフリカの印象』は、当時の文壇や大衆の支持を得ることが出来なかったが、第一次世界大戦直前の若い前衛芸術家達に大きなインスピレーションをあたえた。 |
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1966年に80才を迎えた美術家マルセル・デュシャンは、 美術評論家ピエール・カバンヌとの対話の中で、24才の青春期にアントワーヌ劇場で観た演劇『アフリカの印象』の体験を語っている。 |
デュシャン |
デュシャンは、ルーセルの小説『ロクスソルス』に登場する気球式自動作画機の詳細なデッサンを描いている。 |
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また、デュシャンは、自作の大ガラス『花嫁は彼女の独身者たちによって裸にされて、さえも』1915-1923年の創作法と、ルーセルの創作法に共通する言葉遊び「掛け詞」についても述べている。 |
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当時17才の詩人アンドレ・ブルトンは、26才の時に執筆した『シュルレアリスム宣言:溶ける魚』1924年の中で「ルーセルは挿話においてシュールレアリストである」とのべている。 |
ブルトン |
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ルーセルの小説『アフリカの印象』は、アフリカ沖で漂流座礁したブエノスアイレス行きの快速船リュンケル号の乗員40名が、タルー七世の聖別式の祝祭に特別参加して、次から次へと近代科学によるヨーロッパの[人工芸術]を披露し、アフリカの[自然芸術]と競演する物語である。 |
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リュンケル号の乗員達が、遭難という乱暴な方法で、異次元にトリップしたのとは別の方法で、この世のヨーロッパと、あの世のアフリカとを往来する3種類の人物も登場する。 |
『ズアーブの墓石』 『死刑執行』 |
小説『アフリカの印象』の構成は前半と後半にわかれている。 |
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第1章と第2章「戦利品広場」には、肺臓製のレールの上を、鯨の髭を編んで造った奴隷像が移動していくという、摩訶不思議な造形作品が登場し、第21章にその意味が記述される。 |
<モンテレスコ姉弟の彫像作品> |
また、頭や手足を動かすことのできる三つの彫刻像を製作せよという,タルー七世の難題にたいしてモンテレスコ姉弟は、 |
挿話:執政ボウイングと少年王ルイ15世 『頭の光るカント像』 |
研究熱心なルイーズは化学実験の障害で肺を傷めていて、人工排気弁を装着しているのだが、その装置は男装した軍服の飾紐でカモフラージュされていて、ルイーズの感情が高揚すると自律神経に同期して排気音が高鳴る。 |
トランスヒューマニズム |
第3章は重力・磁力・熱力などの物理力学を題材とする、曲芸団と機械技術者の出演である。 |
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サーカス団のブシャレサス兄弟が演ずる四つの出し物は、ロジェ・カイヨワが著書『遊びと人間』1958年で分類した[四種類の遊び]に相当する。 |
サーカス団の軽業芸 |
技術者メゾニヤルが発明した『フェンシング機械』は、高速で回る弾み車に外力が加わると意外な運動をする角運動量保存則を応用した剣術ロボットで、歯車式のプログラムを切替えると、フェイントをかけながら剣先はずし・まわし突き・切り上げを仕掛け、チャンピオンの人間剣士を打ち負かす。 |
図版:『剣術ロボット』技術者メゾニアル |
科学者ベクスが発明した感熱金属[ベクシウム]を応用した『自動演奏機械』は、寒暖2本のガスボンベの弁を開閉調整すると、様々な楽器が多様に変化する曲を演奏する。 |
図版:『感温式自動オーケストラ』科学者ベクス |
おなじく科学者ベクスが発明した、宝石と金属を吸い寄せる物質[マグネティン]と、その吸引力を遮蔽する防御板[インペルビウム]を応用した、パフォーマンス『巨大なボタン磨き板』の場合は、クーロンの法則と荷電粒子の軌道運動のスケールで計算すると、通常の静電気の電磁気実験とは考えにくい。なにかスケーリング問題を超える作用のようである。 |
図版:『巨大ボタン磨板』科学者ベクス |
文芸や絵画の想念空間では、現実の物理科学を無視する不合理な表現がまかり通る。 |
スケーリング問題 |
リュンケル号の乗員達の出し物に続いて、ポニュケレ国のタルー七世の息子、やんちゃなレジェド12才は、天然の接着剤の罠で巨鳥を呼び寄せ、巨鳥にぶら下がって空中飛行を披露する。 |
『蚯蚓のチター演奏』 |
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高名な歴史学者と生物学者による、知的語り芸ともいうべき学術講演に続いて、再びサーカス団員が登場し、四つの音曲芸でオーラル言語を揶揄する。 |
『学術講演』神聖ローマ帝国ザクセン選帝侯 |
大歌手キュイジベルは秘蔵するブリキの拡声笛を使用して朗々と独唱し、名女優アデイノルファは切々とタッソーの悲嘆詩を朗読する。 |
『ブリキの拡声笛』キュイジベル |
言語の構造的あるいはメタ的な解明が始まるのはフェルディナン・ド・ソシュールの論文『インド・ヨーロッパ語の覚書』1878年からのことである。 |
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オペレッタ一座が演ずる六つの活人画は、物語のクライマックス場面を舞台に固定し、絵画的な構図で観客の視覚に訴える黙示劇である。 |
<活人画のテーマ> 挿話:オリュンポスの神々の祝宴の場面。 挿話:大農場主の遺児ウエスラが、オンタリオ湖の魔法で時間の循環に陥った悪党達を救う場面。 挿話:年老いた盲目の名作曲家ヘンデルが、七本の柊と自宅の階段を利用して聖譚曲を機械的に作曲する場面。 挿話:ロシア皇帝が言語の策略を使って大衆の深層心理に働きかけ、暗殺者を発見する場面。 挿話:ギリシャの自由の戦士カナリス将軍を讃えるために、森の精が視覚・聴覚のみならず嗅覚の受容神経に訴える場面。 挿話:イタリアの大金持サヴァリニ公が場末の雑踏の中で、貧乏人の財布を盗む場面。 |
第6章はポニュケレ国のの草原とテーズ河における、空気・水・火による非線形科学の造形である。 |
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ポニュケレ国のアルコットとその6人の息子達は、それぞれが幾何級数的に正確な方向と距離をとって直立配列すると、互いの胸窟で声音を共鳴させて、音響コーラスを披露する。 |
『人体共鳴』アルコットと6人の息子 |
発明家ブデユが河の中に設置した水力駆動の織機は、水流を飛び跳ねる多数の水車につないだ糸の動きが、コンピュータを連想させるブラックボックスに入力されると、出力側の糸が創世記のタペストリを織り出す。 |
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彫刻家フィユクシェが披露する五つの『青いボンボン』は、水中に投げ込まれると破裂して水面に波紋画像を生成する。 |
図版:『波紋絵画』彫刻家フィユクシェ |
花火師リュクソは、花火で夜空に絵画を描く。 |
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『視覚治療』魔法使パシュク |
第7章はメタ認識と自己形成の物語である。 |
『映像治療』 催眠術師ダリアン |
タルー七世の虚弱な息子カジル8才と献身的な養女メイスデル7才が演ずるシェイクスピア劇『発見されたロメオとジュリエットのエピローグ』は、悲劇のヒーローとヒロインが引き起こす偏見・先入観・誤りの原因を明らかにする一幕で、幼年期のロメオとジュリエントが自己形成期に影響を受けた家庭教師の教訓話と乳母の話からなる六つの幻影で構成される。 |
図版:『煙彫刻』彫刻家フィユクシェ <ジュリエットの見る幻影:赤いボンボン> <ジュリエットの見る幻影> |
また、彫刻家フィユクシェは、葡萄の種子を任意の形に成長させる[バイオアート]を発明して、葡萄粒の中に8つの場面を制作する。 |
図版:『バイオアート』彫刻家フィユクシェ |
第8章 ポニュケレ国の[自然芸術]とヨーロッパの[人工芸術]の競演は、大自然の驚異的な造形でフィナーレを迎える。 |
タルー七世の長男フィガロのパフォーアンス |
また、長男フィガロは、海辺で発見した録画機能をもつ植物のパフォーミングを展開する。この録画する植物の成長期に、ヨーロッパの豪華本に印刷されていた挿絵を順繰りに記憶させると、成長した葉脈はその画像を順繰りに再生上映する。 |
図版:『録画植物』 |
第9章 祝祭の翌朝、ルイーズは長年打ち込んできた、『自動描画機』を完成させて、アフリカの日の出の風景をキャンバスに描く。 |
『自動描画機』 |
1838年に肖像画家であったルイ・ジャック・マンデ・ダゲールは、ブルジョア階級の増加にともなう肖像画の消費需要に対応するために、銀塩感光法による自動描画技術ダゲレオタイプを発明した。 |
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デュシャンは「デッサンという観点からすれば、写真はきわめて正確な形を与えます。それで、それとは別のことをしたいと思っている芸術家は自分にこう言い聞かせます。とっても簡単だ。できるかぎりデフォルメしよう。そうすれば、写真のあらゆる表現から完全に離れていられるだろう」と述べている。 |
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ルネッサンス絵画の発展と、現代のコンピュータグラフィックスの開発に共通する、絵画アルゴリズムについては、著者の論文『絵画の方程式』研究紀要7号1992年に掲載してある。 |
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小説の後半、第10章から第25章は、前半の出来事を合理的な記述で繰り返し、最後の第26章で、ヨーロッパから充分な身代金が到着したリュンケル号の乗員達は、釈放されて母国に無事帰国し、この世のアイデンティティを回復する。 |
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あの世のポニュケレ国にも金融経済が通用したことは幸運なことであった。 |
芸術評価機構 |
生涯に1枚の絵しか売れなかったフィンセント・ファン・ゴッホが貧困の内に生涯を閉じた1890年に描かれた絵画『医師ガシュの肖像』を、1990年のクリスティーズ・オークションにおいて、日本人が82,500,000ドルで落札したことは、金融経済と芸術の終末を象徴する。 |
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ルーセルの小説『ロクス・ソルス』は、科学者カントレルがパリ郊外に自由芸術の殿堂を建設して、自分の発明品を展示し、それらの発明の証人として観客を招待する物語である。 |
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第1章は、カントレルの展示館が散在する、丘陵への坂道に設置された石祠の由来話からはじまる。 |
図版:石祠 |
第2章は風の気相、開放系のカオスに関する物語である。 |
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カントレルは大気の風の変化を予測計算する方法を編み出し、自然の風に漂ってモザイク画を制作する気球式自動作画機を実験する。 |
図版:自動作画機『地叩号』の想像図 |
1849年にはロンドンの新聞社が当時最新の電信技術を利用して各地の気象情報を集め、天気図を作成し発行した。 |
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それにしても、混沌のカオスから整然としたモザイク画を生成するというルーセルの発想は尋常ではない。 |
図版:モザイク画 |
第3章は液相と電離イオンの物語である。 |
図版:『励起水』酸素化水アクアミカ |
カントレルが発明した三つの物質の作用で、革命家ジョルジュ・ダントンの頭脳細胞は活性化し、唇は無音の弁論を力強く再演する。 |
脳髄シナプスの電気蘇生 |
浮力制御された七つの潜水式風船人形が昇降して水中人形劇を演じる。 |
<潜水式風船人形劇のテーマ> |
凝固ワイン |
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第4章は、死者の生前の行為を再現して、遺族の悲しみを癒す物語である。 |
<ガラスの檻:死体劇場のテーマ> 挿話:盗賊に監禁された詩人ジレットが、獄中の塵埃を再利用して、息子の命を救い、執筆創作を続ける場面。 挿話:ブルターニュに伝わる、聖なる万力の小道具を使用して行われる、マオ夫婦の幸福な金婚式の場面。 挿話:地球磁力の影響で頭痛を起こす貴族ロランの財産詐欺受難劇を俳優のロレスが演ずる場面。 挿話:幼児セロスが覚えたての詩を暗唱する場面。 挿話:彫刻家ジェルジュクが発明した独創的なポジ・ネガ造形法で得意げに作品を制作する場面。 挿話:作家ルカルヴェが鉄檻の中で、放射線照射法による胃癌治療を受けている場面。 挿話:トラウマをかかえた上院議員夫人が赤色の反射光に脅える場面。 挿話:文筆家ジュールが引き起こした冤罪事件が原因で自殺したコルティエ青年の最後の場面の謎解き。 |
メアリー・シェリーの小説『フランケンシュタイン:すなわち現代のプロメシュース』1918年に登場する、名前さえも付けて貰えなかった創造体クリーチャの場合は、死体の部品を寄せ集めて構成された人体が、誕生後の自発的な学習によって人間らしい思想を獲得していき、創造者である医学生ヴィクター・フランケンシュタインを伴って自滅していく物語である。 |
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この死者の劇場ともいうべき『ガラスの檻』は、自然の採光を利用したガラス張りの初期の映画撮影スタジオを思わせる。 |
図版:自然光を利用した初期のガラス張り撮影スタジオ |
ダゲールと同様に肖像画家であったアントワーヌ・リュミエールの二人の息子によって興行されたシネマトグラフ『リュミエール』1894年の成功は映画産業を興し、パウル・ヴェゲナ監督の『ゴーレム』1920年、ローベルト・ヴィーネ監督の『カリガリ博士』1920年、フリッツ・ラング監督の『疲れた死神』1921年、F・W・ムルナウ監督の『ノスフェラトゥ』1922年などの心理的なドイツ映画に発達した。 |
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ガラスの檻の八体の遺体が繰り広げる物語は、ルーセルが創作したかった映画のプロットなのであろう。 | |
詩人ステファヌ・マラルメは「シネマトグラフは、映像のシークエンスを使うことで、文章と絵から成る何巻もの書物に効果的に取って代わるはずである」と予測し、文字を書く創作行為を様々な媒体に拡大していった。 |
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初期の映画シナリオは、小説のシークエンスや、舞台の戯曲そのままの順序で撮影していたのだが、すぐに映画媒体の特性をいかしたモンタージュ・クローズアップ・アイリスアウト・パン・クロスカッティング・フラッシュバック・ストップモーション・オーバーラップなどの映画独特の編集技術が考案されるようになる。 | |
さらに、映画技術が実現した動的なイメージや流れる観点の表現は、ジェイムズ・ジョイスの小説『ユリシーズ』1922年など、その後の文芸表現をも変質させていくことになる。 |
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第5章は火が主題である。 |
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カントレルの治療を受けている万能科学の天才狂人エグロウザードは、イギリス旅行中に盗賊集団に遭い無惨な方法で殺害された幼児ジレットを追憶して、 |
<万能科学の天才狂人グロウザード> |
エグロウザードが発明した音声合成の方法は、弾性収縮する脂身製の物差しを使って蝋板に緻密な点の列を刻み、その点線をルビーの励起光で溝状の音声波形に追加工するという技術である。 |
無意識の発見 言語のメタ認識 |
ジークムント・フロイトの論文『夢判断』1897年と同じ年に出版されたブラム・ストーカの小説『ドラキュラ』は、新大陸のアメリカで発明された音声蓄音機のリニア情報と文字タイプライタのハイパー情報を、ヨーロッパのフロイド学者が活用して、奥深い東方のルーマニアからくる、眼に見えない旧世界のオカルトを解明する小説である。 |
スコッチ対舞曲『Roger de Coverley』 |
第6章は生命体が主題である。 |
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巫女フェリシテは、肌に触ると炎症をおこす刺草と、その有毒成分を解毒する軟膏を使って、人肌に占い文字を浮かびあがらせる。 |
図版:巫女フェリシテの占いに活躍する生命体 |
また、タロットカードの中に、スコットランドの草に寄生する羽の無い発光昆虫エムローとスイスの精密機械を組み込んで、銀鈴のような音色を奏で、緑色の円光を発するカードを考案して占いをおこなう。 |
『昆虫駆動のタロット』 |
カントレルはキュロス大王の伝説に従って発掘した天然の超親水性金属を、ボルネオ渡来の怪鳥[イリゾー]の強力な尾に固着して、水の塊が重力に打ち勝って飛び回る実験を披露する。 |
『超親水性金属』 |
カントレルはまた、傷ついた生体細胞が、自らを癒す物質を合成して分泌する[生体懇願物質]ワクチンの作用を応用して、スーダン女性シレイスの肌から爆薬を採取する。 |
『生体懇願物質』 |
カントレルは、ワクチンの原理は生命細胞の自由意志を尊重して生命細胞に懇願することであり、ワクチンの歴史は神話的時代から、形而上学的論理時代のパラケルススを経て、実証的科学時代のパスツールに到達したと解説する。 |
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第7章 最終の章は、モンシャル伯爵による自由創作の物語である。 |
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高名な巫女フェリシテの滞在を聞いてロクスソルスを訪れた星占師のノエルは、恩師である放浪の声楽家ヴァスコンテから相続した形状記憶合金製の美しいレースを、おしげもなく星占いの観客に進呈して、助手の鶏モプサスを伴って去っていく。 |
『充血噴射術』 |
この膨張する金属レースは、かってヴァスコンテが演じたオペラを作曲したルオルツ・モンシャル伯爵が3点製作して、ヴァスコンテに与えた内の最後の1点である。 |
形状記憶合金 |
ジャン=マリ=マティアス=フィリップ=オーギュスト・ド・ヴィリエ・ド・リラダン伯爵の短編小説『栄光製造機』1883年に登場する発明者ボットンは「自分の発明した創作物は単なる機械ではなくて、物質的手段(機械)と精神的目的(栄光)とを結合する媒概念(拍手する機械)である」と主張する。 |
『自由芸術』 |
『立体機構シリーズ:詩的平行四辺形』研究紀要第3号1987年掲載は、機械を、a.平行軸機構、b,収束軸機構、c,捻れ軸機構の三種類に分類して、それぞれの特徴を、a.力仕事のための産業機械、b.数値制御加工機で製造可能になった観念機械、c.仮想空間で実現されるであろう仮想機械と定義し、機械の美的展開を行った。 |
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以上、小説『アフリカの印象』における[自然物]と[人工物]、および小説『ロクスソルス』における[仮想物]について考察してきた。 |
『自然芸術』『人工芸術』『仮想芸術』 |
コペルニクスは地球と宇宙を連続させ、デカルトは人間と機械を連続させ、ダーウィンは人間と動物を連続させ、フロイドは自我と無意識を連続させ、アインシュタインは原子から宇宙までの物理現象を連続させた。 |
科学技術 |
フィッツ=ジェイムズ・オブライエンの短編小説『ダイヤモンド製のレンズ』1985年の主人公は高性能の顕微鏡を開発し、超微細な世界の女神に出会い恋をする。 |
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現代のチューリングマシーンは、絵画・彫刻・演劇・演劇・文芸などの伝統的な表現領域に取って代わる新たな表現媒体をシームレスに連結し、ボーダーレスな仮想空間を拡大構築しつつある。 |
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ルーセルの小説は、日常的なオカルト状態を恐れるかのように、人間的感覚が成立する根底にある大気と重力のリアリティを繰り返し表現する。 |
空気と重力のリアリティ |
現代のメディア芸術は、環境的かつ観客参加型のインタラクティブアートにまで拡大されている。 |
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図版:1925年ルーセル自らが設計し、終焉の地パレルモに旅行した「白いタイヤのキャンピングカー」 |