綱手、昼闇山(ひるくらやま)で隼人(はやと)を見るの条

 越後家において見事大蛇丸を退散させた綱手は、報奨の路銀を大量に授かると一部を紹介者の更科家(さらしなけ)老臣・高砂弓之助(たかさごゆみのすけ)に差出し、残りの大半は持ちきれないので、難破山(南葉山)の影の社(ヤシロ)に隠し、山越えに越中の国は立山に向かった。火打山、焼山を迂回して昼闇山のふもとにさしかかった時濃い霧のかかる森に行きあたった。山賊も山犬様の群れをも恐れぬ綱手ではあったがこのときは、立ち込める妖気にしばし足を止めて、中の様子を伺った。
 何の変化も起らぬのを確かめると、綱手は意を決して道なりに森の中に入っていった。昼なお暗い森を半里ほど進むとようやく頭上の枝がまばらとなり森に囲まれた広場に出て、大きな屋敷の門の前に来た。あたりに人影はなく、離れの小屋に人の気配がしたので、そちらの方に足を向けた。

 窓から中を覗くと、細面の若者が上半身を露わに、発達した筋肉を剥き出しにして柱に括りつけられている。そっと話しの内容を聞いていると武家らしく、名は隼人と呼ばれていた。全裸で四つんばいになり首輪を綱で引き回されている娘が桔梗(ききょう)。笞で桔梗を打ち追っている娘が胡蝶(こちょう)。胡蝶は桔梗とは違い、美しく着飾っていた。
「もう もう お許し下さい」
 桔梗は先ほどからかなり打たれているらしく尻が赤黒くなっていて、少しでも笞があたると強烈な痛みを感じるらしく、哀願の声も涙声になっていた。
「おまえが、遊んでくれないからじゃ」
 胡蝶は気だるげに云うと、又、笞を上げてゆるゆると桔梗の尻を叩く。
「ああ、あっ、お許しを、」
 ほんの小娘の軽い打擲(ちょうちゃく)がするどい痛みを桔梗に与えている。
「朝から昼までが半反、昼から夜までが半反、一日一反の布を織り上げないと、ご主人様にひどい目にあわされます、けして胡蝶さまと遊びたくないのではありません」
 桔梗は必死に訴えます。
「なーに、御婆様は、おまえと、遊んでも云いと仰ってるのよ。私の云う事が信じられないの」
「しかし、しかし、胡蝶殿と遊んでも、一日一反の織物は仕上げなければならんのじゃろう」
 と隼人が横から口を出します。
「あら、隼人様まで桔梗の味方をなさるんですか」
 胡蝶はつまらなそうに笞を上げると桔梗の尻を今度は三回連続して少し強めに叩きます。
「ああ、あー、いたーい、お許しを、お許しを」
 桔梗は首輪を繋げた綱に自由を奪われながら、自分と同じ位の歳の小娘に頭を下げてひれ伏します。
「そんなーに、いい声で泣かなくてもいいんだよ。ほら、隼人様の袴の一箇所が上がってくるから」
 胡蝶は気だるげに桔梗に話かけます。桔梗は、はっと隼人を見やります。
「なにを、なにを、言われる事か。・・・はや桔梗を許してやって下さい」
 赤面くしながら隼人も訴えます。

 綱手は別に関係のない二人を助ける気もないのですが、三人の関係や、なぜ隼人が縛られているのかをしりたく思い胡蝶に術をかけて眠らせようと外から印を結んで呪文を唱えます。しかし、普通なら一瞬でかっかるはずの催眠の術がまったく利きません。ふと綱手は辺りに気を配ります。何かの気配が少しづづ押し包できます。綱手は身を翻すと屋敷を離れ木立に走り込みました。自分に関係の無い事象に気を取られたを事を悔やみながら、妖気の少ない方面を選んで屋敷から離れました。
 あのままあの二人を助けようとしたら自分がどうなっていたか、あの屋敷のなかでこれからどうなっていくのか、今の綱手には興味ありません。無事この森を抜け出して立山に帰ることのみに意識を集中させています。

 

綱手、越後家 奥女中に入るの条

 越中立山の在、美少女の綱手は両親に死に別れ、名主の源左衛門の養女になっていたが、ある日立山なる地獄谷に迷い込んだ。すると、地獄谷にすむ異人、ナメクジ仙人に助けられ、様々な武術・幻術を伝授される。あしかけ五年、懸命の修業を続ける内に相当の腕前に達していた。ある日仙人は綱手を呼び出すと最後の修業として武者修行の旅に出る事を命じた。ちまたの妖怪どもを打ち負かして立山に帰ったあかつきに免許皆伝の巻を授けるとの事であった。

 ひと月ほど後のある日綱手は信濃の国に入り、碓氷(うすい)の難坂にさしかかつた。上り下りが五里あるという峠、人どうりさえない。そこにお決まりの山賊十二名、綱手の美しい姿をみて、売りとばそうと手篭めにかかったが、綱手の武術・幻術の前にはひとたまりも無く打ち負かされてしまった。そこに、通りかかったのが信濃国更科(しなののくにさらしな)家の老臣高砂弓之助(たかさごゆみのすけ)、綱手の手腕に感嘆すると、身の上を尋ね高名な立山の仙人の弟子と聞くと、なにしろ越後の国へ主用によって出向く折とて、綱手を伴って越後家へ目通りした。すると、越後太守長尾越後守殿(えちごたいしゅながおえちごのかみどの)の一子深雪之助のもとに輿入れされたばかりの田毎姫(たごとひめ)の室に夜な夜な不思議がある。越後家の家臣はどうかしてその正体を見届けようとしたがなかなか見つからない。何しろ奥の事であるから、むやみに男を入れるわけにもいかない、なるべくは世に勇婦があったなら田毎姫の侍女(こしもと)として召抱えたいと考えていたところだったので、懇願し、弓之助身内のものとして綱手を田毎姫の奥女中として迎えいれた。

 かって地雷也が妙高山にてウワバミ退治の折、地雷也の手下でウワバミの精を身にあびて大蛇丸とて妖術使いとなった悪漢が田毎姫の絶世の美人なるに横恋慕したのを手引きしていたのが、主家乗っ取りを企む宮輪山領主五十嵐典膳(いがらしてんぜん)だった。典膳はじゃまな綱手を追い落そうと、新入りの奥女中を試すと称して、息のかかった老奥女中阿刀(あとう)の部屋に綱手を呼び出した。
「そのほうが綱手か、高砂殿のご推挙でとりたてたが、どれほどのものか、たごと姫さまの警護には心もとないが」
「綱手と申します、霊山立山にて修業いたしまして、いささかの心得がございますので、よろしくお取り計らい願います」
「どれほどの腕前か試してくれるわ」典膳の合図とともに控えていた女中七名が綱手を取り押さえようと襲いかかった。女中達は綱手を後ろ手に縛り上げて棒で叩きのめして屈服させようと紐や杖などを隠し持っていたが、大男の山賊十余名でも太刀打ちできない綱手に御殿女中が七名では一指も触れない内に投げ飛ばされてしまって、手も足もでません。

 典膳は密かに使いを剣が峰の大蛇丸に出し事の仔細を伝えますが、田毎姫に会いたいため飯縄の修験者に魂通(たまかよい)の法を請い二十一日の満願の日を向かえようとしている大蛇丸は、綱手なる新たなる障害はまったく意にかいしません。
 いよいよ、二十一日の満願の夜、いままで眠りに臥せていた田毎姫が、妖気に目をさました。 「ああ、たれぞ来てたもれ」と大声を発した。この時、隣室に控えていた綱手は姫の寝所に入ると、眠り込んでいる侍女達を押しのけ、はっしと奥を見つめると白い薄衣をまとった大蛇丸が今にも田毎姫を抱え上げようとしているところだった。
「おのれ、変化め」 綱手は神剣立山丸の鞘を払うと、大上段から切りっけた。さしもの大蛇丸も避けきれず、眉間に切り傷を受け、姿を消した。

 

地雷也 夢中に異人に遭い、妙高山にてウワバミを退治するの条

 地雷也が相模国(さがみのくに)鎌倉のあたりにひそみし頃、ある夜、枕もとに一人の異人が立ち現れ、苦しげなる声にて 「周馬寛行(しゅうまひろゆき)よ、我は過ぎし頃、越後国妙高山にて一術を授けし者なるが、覚えありや。いま緊急に頼みたき事あり、起きよ、寛行」と叫んだ。地雷也は直ちに起きたが、異人の姿を確認して、「これは思いもよらぬ大尊師いかがいたしましたか。仮にも一術をお教え頂いた大恩、なぜに忘れましょうや。事の次第お話下されば、それがしに出来うる事はなんなりとお引き受け申します」と応えます。

 「ながらく妙高山において術をみがいていたが、最近、汝(なんじ)も昔住んでいた黒姫山の谷間の岩窟に潜む大蛇(おろち)が、隣なれば、妙高山にも現れて、われを悩ますことしきりなり。わが術の根本は蝦蟇(がま)ヶ術なれば、大蛇にあいては太刀打ちできぬ、もう半月も持つまい、これもしかたのない事ではあるが、たとえこの身が滅ぶと云えども、一術を授けし汝に残る幻術をすべて譲らんと思うえば、汝の勇猛武術をもって、かの大蛇(おろち)を退治してもらえないか。いま妙高山中にて争う最中なれば一刻も早く至り来てわれを救え」と言い残すと忽然と姿を消します。

 「まさしく異人のお告げ、夢まぼろしとしても、仮にも師弟の約をなしたる大尊師、一大事とあれば聞き捨てならぬ今が夢、ともあれ越後国妙高山(えちごのくにみょうこうさん)に分け入り、虚実をたださん」と直ちにふれを出すと、近在に隠れ住みたる配下(てした)が二十三人も集まってきました。地雷也いかに悪党とは云え今までの金銀の分っぷりが良かったので配下(てした)には慕われておりました。大筒砲5丁に弾(たま)や火薬などを用意して目立たぬように隠し持たせ、分散して信濃は善光寺の裏地を第一集合の場と定め、夜を日についで急行します。

 そもそも越後国妙高山は、頚城郡(くびきごうり)高田の背後にあたり、一方の山根は信濃の黒姫山に近く、麓より山頂まで数十町、草木生い茂り、岸壁峨ヶたる高山であります。善光寺の裏地に密かに集まった地雷也一味は隊伍を整え、黒姫山と妙高山の山間を歩んで行くと、一人の妙齢なるお伴を従えたこれも美しき姫君の二人連れに出会いました。地雷也を見た二人はすぐ立ち去ろうとしますが、「この山中に姫装束とは妖しき者なり、逃がすな」と配下の者に号令して たちまち二人を後ろ手に縛り上げて近くの大木に括りつけます。「無礼者め、このお方を何と心得る、中野は高梨城のお姫さまなるに、この仕打ちは何ぞ」侍女は後ろ手のまま気丈に叱責します。「かまわぬ、この侍女から打ち据えて白状させよ」地雷也の指示に配下の一人が長い棒で腿や尻を叩きだします。「あぁ、あーれー」と侍女が悲鳴を上げると、捕らわれていた姫君が体を震わせると一瞬 姫君は大蛇(おろち)に侍女は大きな蛇にかわると地雷也めがけて襲いかかってきます。半刻後、死闘のすえ侍女の大きな蛇と地雷也の配下七名は討ち死にました。そして、姫君に化けていた大蛇(おろち)は何を思ったか、雲を呼び山中に飛び去ってしまいました。

 七人の弔をおえた地雷也一味は翌日、大蛇(おろち)を仕留めるべく妙高山中に分け入りました。二刻も探し巡った後、岩上に胴回りが馬程もある大蛇(おろち)が鎌首を持ち上げているところを探し当てました。およそ百間を隔てた峰の上に陣取ると5丁の大筒を連続に撃てるよう配下の者に弾・火薬を詰めさせ、地雷也は大蛇の頭を集中して砲撃しました。一、二発あたっても暴れ回っていた大蛇も五発目が口の中に当たるとさすがに身を震わせて悶え死にました。地雷也はもう数発念のために打ち込むと、大筒をはなしました。雲霧も晴れ、以前の異人が忽然と現れました。「わが頼みを聞き大蛇を退治せし汝が勇猛に救われたり、ありがたく礼を言う、ここに約せしごとく、わが得たる術を残り無く授けようぞ」と云って一巻を取り出して地雷也に与えた。「こはありがたし」地雷也は一巻を押し戴き、ただちに開きて、分からぬ処を一々尋ねて総ての伝授を受けました。

 

綱手、立山で仙人に会い幻術を会得するの条

 越中立山の麓に住まいする百姓の女児(むすめ)綱手は、両親に死にわかれたが、その容姿の器量を見込まれて名主源左衛門に引き取られた。行儀作法を仕込まれて名主の養女になれたが、ある春のうららかなる日に亡き両親に会うことが出来るかもしれぬと聞かされた綱手は立山の霊場地獄谷に向かった。
 硫黄臭と熱気水が噴出し常に視界のきかぬ地獄谷であったが、他の悪霊に取り付かれないように懐中に忍ばせた源左衛門秘蔵のお守り刀を片手に握り、スタスタと歩いていくと、岩に囲まれた温泉に浸かる一人の影が見えた。綱手は岩の側にしゃがみ込み休息をとった。半刻ほどして湯から背の高い男が立ちいでたが、疲れと硫黄臭の熱気に半睡状態の綱手は体を起こす事も忘れ、ただ漫然と男を見つめていた。

「どこの女児じゃ、ここは神聖なる地獄谷の霊場、とくと立ち去らぬと災いが降りかかろうぞ」 男は裸体のまま、片手で背の丈より長い杖をつき綱手の前に立った。
「お許し下さいませ。亡き両親に会いたいがため禁制も知らず、こうして尋ねいって来たしだいです。どうぞ御慈悲をもってお助け下さいませ」と綱手はいっしょうけんめい懇願いたします。
「普通の者では亡き人には会われぬが、・・・・・そなた、わしがもとで仕える気はあるか」
「はい、何でもいたしますので、どうぞ、おいてやって下さりませ。」
「それでは、調べてつかわす。まずは、その服を脱げ」
「はい、かしこまりました」 綱手は守り刀を岩の上に置くと、立ち上がり、するすると着物を解くと裸体を男の前に晒した。「まずは頭皮と目、鼻の穴と口の中じゃ。近づいてひざまずくのだ」 男は着物を身に着け近くの岩に腰を下ろすと綱手を招き寄せた。男は丹念に綱手の頭部、顔面、喉、うなじを調べた。
「次は乳房か、立ち上がって。よく見せるのじゃ」 男は綱手の指先、指のまた、手首、腋の下、背中、乳房、腹をよくよく触って確かめた。
「次は、前の穴と後ろの穴を調べる。後ろを向いて四つんばいになり、肘は地に付けず伸ばし、高く上げた尻をこちらに向けなさい」
「はい、かしこまりました」 綱手は異様に恥ずかしい姿勢を命じられても源左衛門家で躾けられた厳しい行儀作法によって震えながら肘を伸ばしたまま四つんばいになり、尻を高くして二つの穴を男に見せた。生娘のきれいな二つの穴を指と目で丹念に確認した男は、脚から下を丁寧に調べおえると、綱手に着物を身に付けることを許した。

 山荘につくと男は綱手を入れる前に罰の与え方を教えた。
「よいか、未熟者は常に間違えを犯す。ここでは笞でそれをただす。わしが、罰といったら、如何なる時もすぐ着物をまくり尻をだして四つんばいの姿勢をとり、どうぞ未熟な私の尻に笞をお当て下さいと申しあげるのじゃ。そしてわしの許しが出るまでじっとその姿勢をくずさぬことだ」
「はい、よくわかりました」
「罰」 と男がすぐに命じるので綱手はさっそく着物をまくり尻を出すと、四つんばいになりじっと待った。
「ばか者が、言うべき言葉はどうした」
「あ、はい、どどうぞ・・・私の未熟なお尻を叩いて下さい」
「よし、動くでないぞ」 といって男は綱手のブルブルとゆれるお尻に笞を当て出しました。
ビシー!
「ああぁ」
ビシー!ビシー!
「ああーっ」
ビシー!!
「ああ、お許し下さい」
ビシー!!
「ああ、かんにん、かんにんして下さい」 綱手は男の笞の痛さに涙声でお慈悲を願います。
 こうして綱手の立山での修業が始まりました。

 

甘楽屋女児(むすめ)調伏を受け、大天狗飯縄薬師三郎現れるの条

 上野国碓氷郡(こうずけのくにうすいごうり)に甘楽屋という大富豪の屋敷がありました。金銀珊瑚綾錦(きんぎんさんごあやにしき)が三十余の倉に溢れ田畑は東の国境(くにさかい)から西の国境までありました。家人から下女まで含めると数百人が寝起きしていて、屋敷と云っても大家の周りに小屋が無数に点在して周りにはお堀もめぐらし、まるで武士の館か城のようでした。ある日、神式の服装をした年の頃十七程の涼しげな娘が伴の者十二名ほどを伴って、甘楽屋に現れました。「私は・・・神社にお使えする者ですが、この家にお会いすべきお人があられますので、参りました。ご案内をお願いします」と申しいれました。貴とい神社のやんごとない神女さまと見て、応対に出た者もも丁寧に「お会いされますのは当家の何と申す者でしょうか」と尋ねます。神女は「その名は云えません。お会いすれば分かりますので、ご案内をお願いします」と応えます。大神社の格式を恐れて主人の甘楽屋孫左衛門が出てくると家の奥の客間にひとまずお通しすることになりました。

 その日の夕刻には、主人も一緒に宴をはります。しばらくして主人は「実はわが女児(むすめ)にチョウと云う十三になる、親ながら誠に見え姿の可愛い者がおるのですが」と悩みを話し出しました。「十日ほど前近くの野原に、侍女どもと遊びに行ったのですが、帰ってきたその日から、時々、なにやら声高く叫び、片足で跳び回るのでございます。チョウにその時の意識はなく、後は普段と何も変わらぬのですが、なにか悪いことでも起らぬと良いのですが、・・・・」と助けを神女に求めます。「その野原では何かあったのですか」「いえ、侍女たちの言うのには一時チョウの姿を見失った時があるくらいで、後は何事も不思議な事はなかったようですが、・・・・なんとか、神女さまのお力でもとに戻して頂けないものでしょうか」真剣な顔で主人は申します。「まず、女児さんを見てみましょう」もっともらしく神女は応えます。「ありがとうございます」喜んで主人の孫左衛門は女児(むすめ)のチョウを呼んでこさせます。

 女児のチョウは主人の云うとおりの可憐の美少女にて美しい衣装・髪飾りを付ければこの世の者にあらず、天女が座敷に舞い降りたかのようなありさまでした。暫らく様子を観察していた神女は落ち着いて「チョウさまには飯縄山の薬師三郎天狗さまが憑いておいでです。この大天狗さまにお出頂くには、まことに言い難き事ながら、チョウさまに棒叩きの調伏をお受け頂かなければなりません」と申します。「それは、危険な調伏でありましょうか」主人孫冴左衛門が恐る恐る伺います。「いえ、お身に打ち痣が何日か残るだけで大事ありませぬ、ただこのままに放置しておきますと、いくいくは衰弱されて悲しい結果となりましょう」と申されるので、主人は「是非、神女さまのお力でお直し下さい」とお願い申し上げます。

 余人を遠ざけ、大人四人が手を広げてやっと囲める程の大黒柱の前で神女はチョウの衣服を脱がせると、大黒柱を抱えるようにさせてから、動かぬように手足を縛った。広間には女児のチョウ、神女、主人、奥方、チョウの侍女2名、神女の巫女2名のみが残った。2名の巫女が鈴を打ち鳴らし始めると神女は何やら調詞らしき言葉を連ねた後、長い神杖を持つと女児チョウの側に立って尻から大腿を叩きだした。はじめは我慢していたチョウも神女の振る神杖が同じ処にあたると大声をあげました。「いたい、いたい」 神女はかまわず神杖を打ちます。「お父さま、止めさせてください、いたい、いたい」 女児チョウの目からは涙がしたたり落ち、天女のように美しい髪はバラバラに乱れます。「あぁ、あぁ、かんにんして下さい。あぁ、あぁ」 女児チョウは必死に手を振り解き体を神杖から逃れようとします。女児チョウの侍女が主人孫左衛門に詰め寄って、主人孫左衛門も止めようかと腰を浮かせた時、女児チョウの裸の体から霧が噴出し大天狗飯縄薬師三郎が出現いたしました。

 「これは大天狗飯縄薬師三郎さま、私めは四条綾にてございます。久しくお目どうりいたしませぬゆえ、おわす処を尋ね歩き、ようやくお目にかかれて、これほどの喜びはありませぬ。まずはこの甘楽屋が女児(むすめ)チョウ、大天狗さまの休息地を侵たが罪、この四条綾が罰しました程にどうぞお立ち退きくださりませ。そしてお尋ね歩きしは、当年我が国に難病が流行して、多くの人が苦渋しております。この病を取り除くには大天狗さまの秘蔵の一薬なくしてはかないません。どうぞその一薬を暫しの間お貸し下さりませ。この事を願え上げんと、尋ね参った次第でございます」 と神女が申しますと、大天狗飯縄薬師三郎はだまって黒塗りの壺を差し出すと、姿を消しました。神女は静々とこれを受け取り「誠にありがたき次第にございます、この薬にて、多くの人々を救えます」とひれ伏してお礼を述べ、主人甘楽屋孫左衛門には「女児(むすめ)さんは直りました」と云って、伴を集めてこの夜にも出立の用意をいたします。

 侍女に女児チョウをまかせた主人孫左衛門は「しばらく、お待ち下さい。調伏の御礼もしておりませぬ。さらに、お聞きすれば、名代の秘薬、当国にも難病おしよせて来るは必定。なにとぞ神女さまの神術をもってこの甘楽屋をおたすけ下さい」と懇願におよびます。「まずは、目的の人々救わねばならぬが、これも大天狗さまの縁、今日の調伏を含めて三千両だすならば、甘楽屋一族郎党すべて安楽にくらせるでありましょうが」と神女が云うと、主人おおいに喜び、そくざに三千両を運ばせ差し出します。神女は分散してあまたの伴の者に持たせると、「来(きた)る十月十五日夜は、ことに清明たる月夜なれば、この夜、香を焚いて待つべし、その夜に薬を持って現れ、与えましょう」と云って、立ち出でて、そのまま影も形も見えなくなりました

 やがて、十月十五日、孫左衛門は早朝より屋敷内を掃き清め、日暮れともなれば燭を燈して香を焚き、衣服を改めて待ちに待ったが、雲が厚くなり、大雨が降るしまつ、神女はいつまでたっても現れなかった。そして、それより幾日たっても神女は現れず甘楽屋一族は始めて騙された事を知った。不審に思いさる大黒柱を調べたところ、中になんの仕掛けもなかったが、女児(むすめ)チョウの顔があたっていた部分に「自来也」と記してあった。ここにきて、一家もかの盗賊自来也の一味かと、ことの真相を知って驚き、被害の少なさに安堵して諦めました。