「気膜」高橋士郎

bladder(膀胱)を語源とする『balloon』の日本語訳『風船』は腑に落ちない。
「風船」と言う不名誉な名前しか付けてもらえなかった膜体の呼称を、著者は、『空気膜造形』と提唱してきた。空(そら)の大気を、空(から)と誤解するので、今回、『気膜』と改める
『気膜』とは、その世の気(精神的目的)と、この世の表層(物質。的手段)を連結する、媒概念である。

1)生物の気膜

◯内蔵膜

1560年ピーター・ブリューゲル『子供の遊び』には膀胱を膨らませて遊ぶ子供が描かれている。
「豚の膀胱」ゲルマン民族は豚を解体し、殆どの部位を料理して食料にしたが、食べられない膀胱だけは子供の玩具となった。
豚の膀胱は気密性があり、空気を透過しないので、18世紀の画家は膀胱でできた絵具袋を使用している。

鳥類の卵は卵膜 受精膜 漿膜 卵殻膜の4層からなる。
「卵殻膜」で排卵された生命は、堅い殻に保護されて成長してする。
水中生物の場合は、柔軟な「漿膜」のまま排卵され水中で成長する。
人間は「羊膜」のなかで成長してから誕生する。

◯分泌膜

「瑠璃貝」「カツオエボシ」「朝顔貝」は、体から分泌する粘液で、泡の浮嚢を作り、大洋を浮遊する。

「バイオフィルム」
石や歯などの表面に付着した細菌は、粘着性ポリマーを排泄し、防護用の菌膜を形成する。
バイオフィルムの内部では、細菌・原生動物・藻類など、異なる種が親密に生活し、お互いに助け合って、密度の高い閉鎖的なコロニーを組織する。

「莢膜(きょうまく)」細胞壁の外側にある層で、免疫反応を引き起こす抗原性がある。
「粘膜」

◯皮膚
外界からの侵襲や細菌感染を防ぎ、水分の蒸発や熱の収支を調整する。

「かえる」「ふぐ」「グンカンドリ」は、体の表皮を膨らませて、自己誇示をする。

「膜体骨格」
内骨格も外骨格ものない「ミミズ」や「芋虫」は、袋状の表皮内部の体液を移動させることによって運動する。

柔らかく伸びる天然の皮革は、古来より、有用な素材であった。羊の皮革を丸ごと剥いだ袋は渡河用の浮袋やバグパイプの気囊となる。

◯植物膜

「膀胱豆」や「ホオズキ」は、袋状の果皮が果実を包む。

「ホテイアオイ」「タヌキモ」「海ぶどう」は、葉柄が丸く膨らんで浮き袋の役目をする。

「藍藻」は寒天質で覆われたガス胞を持ち、富栄養化が進んだ湖沼などにおいて、群体を形成して水面を覆い尽くす。

◯泡の味覚

「ケーキ」「ソフトクリーム」「ビール」「パンのすだち」などの泡を含む食品は、軽くふんわりとした独特の食感がある。

「数の子」の食感は風船が破裂する快感です。

「人造イクラ」や「つぶつぶ入りオレンジジュース」は、アルギン酸ナトリウム水溶液を塩化カリウム水溶液に点滴して造るゼリー状の風船の技術を応用したコピー食品です。

「sucre soufflé」スフレシュクレ フランスの吹き飴デザート

「煎堆皇」チントイウォン 広東省の風船のような揚げ菓子

◯分子膜

「二分子膜」親水性と親油性の両方を持つ両親媒性分子は、自動的に袋状の二分子膜(球状、棒状 螺旋状 糸状)を形成する。
細菌は趙小型であるため、表面積と体積の比が非常に大きくなり、これにより栄養素の取込み・細胞内分配・老廃物の排出が迅速に行える。

「単分子膜」分子が一層に並んでできる膜は、自発的にナノレベルの薄膜を形成する
「界面膜」「ミセル」「エマルジョン」は、その製法の簡便さと、用途の広さから、近年盛んに研究さ れている。

「シャボン球」「気泡」は水の表面張力と界面活性材の働きにより、表面積の一番少ない球形を自動的に形成する。
シャボン球の厚い部分は、薄い部分よりも先に伸びて、膜全体が均一の厚さになろうとするので、分子レベルの薄さまで膨らますことができる。
膜の厚さが分子レベルまで達すると、光の波長が干渉して、虹色の模様となり、さらに薄くなると黒色の斑点が現れて破裂する。
プラトーの法則「石けん膜は常に3つ接触しており、境界はお互いに 120° の角度を形成する」

「吹きガラス球」

高温のガラスの薄い部分と厚い部分では温度差が生じ、温度が高くて厚い部分が先に伸びるので、空気を吹き込むだけで自動的に極薄い均一の球を作ることが出来る。

「独立気泡構造」発泡スチロール、ウレタンクッション材

「連続気泡構造」のスポンジタワシは、海綿のように気泡が連なっている。
金属多孔体は、広い表面積を有し、消音板、リチウム電池の電極、触媒担体に利用されている。














2)位相空間

界面張力は、界面の外側にも内側にも存在する。
「アメンボウ」は表面張力の上に乗り、「ボウフラ」は表面張力の下にぶら下がる。

「負圧の風船」発泡ビーズを入れたビニール袋の内部空気を掃除機で吸い取ると、所定の形に固ま利、一体構造となる。

「真空包装」は、包装内の酸素を排除することで内容物である食品の化学的な変質や微生物による変質を抑制する。

「ガス置換包装」は、ふくらませることで、こわれやすいポテトチップスなどの内容物を守る。


3)透過膜のエントロピ

◯気泡

「水蜘蛛」は水中に気泡をつくって、その中で呼吸する。
水中の酸素は、気泡の界面を通過して、気泡内部に補給される。
泡の内部圧力は、水圧と表面張力により外部圧力よりも高くなるので、内部の二酸化炭素は、炭素になって速やかに水中に拡散する。
窒素は、界面を透過しないで、泡の形を保つ。

「闘魚ベタ」や「モリアオガエル」は泡の巣を造って卵を守る。

◯生体膜

「細胞膜」は境界を定めるだけではなく、膜体の内部と外部を移動する物質やエネルギー、膜電位を調節する。

消化器系 小腸と大腸の吸収消化   

1503年イェロニムス・ボス「快楽の園」地獄の場面には、便座から垂れ下がる灰色の風船が描かれ、排泄される風船状の膜を通過して、裸体の男女が落下していく。

「靴擦れ」で皮膚が剥離すると、表皮内に水分がたまり、風船状の水ぶくれとなる。水分には損傷した組織や、血清やタンパク質などがしみ出る。

「人工皮膚」細胞膜と同じ位の薄い人工皮膚は、カニやエビなどの甲殻類の外骨格のキトサン成分から作られる。
臓器や組織の表面に分子間力で貼付し、20mmHgの圧力までは耐えられる。



4)気膜のメタファー

◯夢幻泡影
多くの文学や絵画の中で、浮遊するシャボン玉は儚い人間存在、確実性のない幻想を比喩する。
人は誰でも風船が好きであるが、風船に価値をみとめない。
人は泡沫(うたかた)のように弱い自分の存在が嫌いなので、永遠の生命や確実な科学、堅固な財産や不滅の芸術に憧れるようである。

◯人魂
生きている人間は、眼に見えない空気を、鼻や口から身体に出し入れする。
死ぬと空気の出入りが止まることから、空間には生命力や聖なるものとして生気が宿っているという概念が生まれた。

◯空の御座
1430年カルロ・クリヴェッリ「 大理石の聖母子」「聖母子と蠅」には、イエス誕生以前の、イエスの座を準備する象徴として、風船が描かれている。
当時の風船は「豚の膀胱」に違いない。近くに止まっている蠅は、キリスト教が語ることを忌み嫌う、カナンの地のベルゼブブ神(糞の神)を表象していると思われる。


◯結界
1516年ヒエロニムス・ボッシュ『快楽の園』には、透明球の中で睦む男女が描かれている。
風船は想念世界を仕切る結界の表象である。

◯一虚一盈
「九相図」の第7白骨連想には「塵境は如泡の体なり」とある。
一休禅師な「皮にこそ男女の色もあれ骨には変わる跡形もなし」と誦んだ。
蜷川新左衛門は「骨隠す 皮には誰も 迷いけん 美人というもの 皮のわざなり」と詠んだ。
近松門左衛門の虚実皮膜(ひにく)論は「芸の面白さは実と虚の境の微妙なところにある」とした。
デュシャンは趙薄の概念「アンフラマンス 」を提起した。




5)巨大な気膜の力学

1662年「ボイルの法則「」圧力は体積に反比例する。
1663年「パスカルの原理」密閉容器中の流体は、その容器の形に関係なく、一部に加えられた圧力はすべての方向に等しく伝わり,容器の内側に垂直に働く。
1738年「ベルヌーイの定理」気体は激しく運動している多数の粒子からなり、気体の圧力は器壁への粒子の衝突によって生じ、粒子速度の2乗に比例する。

「2倍3乗倍の法則 」
石彫刻のような剛体の造形物は、寸法を2倍に拡大すると、重量は8倍に急増するのに対し、大地で自重を支える面積は4倍にしかならない。
そのために、彫刻をそのまま拡大すると自量のために自己崩壊してしまう。

反対に、空気膜造形の重量は、表面積に比例するので、大きくなる程、相対的に軽くなる。

スケーリング
地球上の環境、万有引力・空気の固有共振数・呼吸空気の酸素量・生物細胞の寸法などは一定であるので、地球上の生物の形態は、それらの地球環境に既定される。
すなわち、大きき重い動物は、象のような太い足を持ち、小さく軽い動物は、蚊のような細い足を持つ。

大気中の酸素濃度が、現代よりも高かった石炭紀には、巨大な昆虫が生息していた。血液を持たない昆虫は、大気の酸素を気管で全身の細胞に供給することから、ガス交換の効率が悪いので、成長する大きさには限度がある。

空気膜造形の形態は拡大縮小が自由自在であるので、常識的な造形感覚とはずれた所がある。2倍の大きさの彫刻を作るには、8倍の労力を必要とする。

1986年高橋士郎『昭和記念公園 空気の丘』 特許No.2068787 は、全長50mの膜体の上に、大勢の子供が乗って遊ぶ風船状の丘である。
1年間にわたって行われた現場での実験運転の結果、耐久性と安全性が認められ、その後、全国の国営公園や海外に広く普及しました。

息を吹き込んで膨らませる程度の低圧力20mmAqでも、空気膜体の直径が2mを越えると、人が乗っても容易にはつぶれない。
60kgの人が乗る自転車のタイヤの場合は、チューブの直径が小さい為に、100,000mmAqの高圧力を必要とする。





6)微細な気膜の力学

「肺胞球」は、直径0.3mm程の極微細な球体なので、その表面張力は極めて小さなく、体内の圧力によって押しつぶされることはない。
肺胞の内皮細胞からは、リン脂質の界面活性剤が分泌されて、表面張力をさらに低下させている。
肺胞内に吸い込まれた酸素は、血液中の赤血球と結合して、全身に元気の元となる酸素を供給する。
元気を放出した酸素は二酸化炭素となり、血液中の血漿によって肺胞に運ばれ、空中に吐き出される。

「気泡緩衝材」ポリエチレン製の直径10mm高さ4mmの小さな気泡は、1粒あたり500g程度の破壊強度がある。
さらに、小さな気泡がシート状に多数に連なると、大きな荷重を支える梱包材となる。

「バルーンカテーテル」血管内に挿入して血栓箇所を押し広げる、極微細なバルーンカテーテルを膨らませる為には、4kg/cm2から16kg/cmもの趙高圧が必要である。
但し、そのような超高圧でも極微細な風船ですから、強靭な膜素材である必要はない。

「セラミックバルーンの断熱材」スペースシャトルが大気圏に再突入する際の断熱体として、陶器製の中空粉末塗料材が開発された。

「泡消火器」は微細な気泡が塊となって燃焼物を覆い、酸素を遮断する消火作用である。

「フラーレン分子C60」炭素原子60個で作った、分子レベルの立体的構造は、古代からの竹籠細工の製法を参考にして考案された。
この風船状の分子構造の中に水素元素を貯蔵して、安全な燃料電池を作る研究がされている。

「ウルトラファインバブル」は、光の波長よりも小さい気泡の新しい技術で、気泡の上昇速度が遅く、水液中に長期間存在する。気泡は負の電荷を帯びて反発し、結合しない。
微細気泡の表面張力により、気泡内が超高圧になるので、活性酸素などが生成される。



7)浮遊する気膜

1505年イェロニムス・ボス『聖アントウスの誘惑』には、魚に乗って優雅に空を行く男女が描かれている。

「鰾(うきぶくろ)」魚類は体内の気嚢を膨張縮小させて、身体の浮力を調整し、水中を自由に遊泳する。

鰓(えら)で皮膚呼吸をしていた水中生物は、浮力調整用の気嚢を、肺胞に進化させて陸上に揚がり、肺呼吸をする陸上動物となった。

陸へ上った恐竜は空間遊泳への本能を追求して、地上を走り回った。その結果、肺の気嚢の数が増加して、連続呼吸をする高性能の呼吸系を獲得して鳥類が誕生した。

飛ぶことを諦めた恐竜は、肺が退化して、地面を這い回る蛇となった。
鳥は天国の動物を表象し、蛇は地獄の動物を表象する。

草陰に隠れていた哺乳類は、無重力への浮遊を夢想するだけなので、自由に空を跳ぶ神や天使を創作し崇めた。

大きく膨らんだ気膜を見る時、心が和み楽しくなります。
気膜は、アナーキーな気分に人の心を浮遊させる、不思議な力をもっています。
豊満な形態の中にも、程良い緊張感があリます。

1783年モンゴルフィエ兄弟の「絹布製熱気球」は、気温10度の大気と、気温80度の燃焼ガスとの空気密度の差で1立法メートル当たり0.25kgの浮力を発生して上昇する。

同年1783年に、シャルルとロベールの 「シャリエール号」は、絹地にテレピン油に溶かしゴムを塗装して、大気よりも軽い水素ガスを充填して浮上した。

巨大な気球が受ける風圧は、空気密度と風速の2乗に比例する。
初期の気球は、搭載した砂袋の投下や、地面を引きずる係留ロープの長さで自重を調整して高度を維持するだけで、移動は風まかせです。
熱気球は頂上の布製の弁を開放して降下する。

1901年サントス・デュモンは「飛行船6号機」を操縦して、エッフェル塔の周りをまわる飛行に成功した。
水素ガス気囊の内部に空気気囊を配置し、空気気囊の空気を出し入れするすることにより、飛行船の浮力を調整できる。
魚が気嚢の大きさを制御して昇降するのと同じ原理で、潜水艦の潜航浮上にも利用される方法である。







8)人工の膜素材

1900年「ツェッペリン型飛行船1号機」
全長130mの外装綿布とアルミニウム骨組の内部に、牛の腸をなめした膜で作った気密袋17個に水素を充填して装填した。

◯ゴム塗装の気膜

1844年にチャールズ・グッドイヤーは天然ゴムを熱加硫して柔らかくする加硫の特許を発明した。
ゴム風船は、厚い部分よりも、薄い部分が弱いので、薄い部分がますます薄く伸びるので、膨らます大きさには限界がある。

1887年ダンロップ社の「バイアスタイヤ」は、綿布でゴムタイヤを補強した。二層の糸をバイアスに交差して補強することにより、クッションとしての衝撃吸収力と、繰り返し変形するタイヤの耐磨耗性を両立させている。

1946年ミシュラン社の「ラジアルタイヤ」は、円周方向に鉄線の補強材を入れて、安全に高速回転するタイアを実現した。

1877年築地海軍省練兵所の「偵察気球」は、奉書紙製の膜体高さ16.2m幅9mにゴムを塗り、石炭ガスを充填して、198m浮上した。

1944年旧日本陸軍 の「風船爆弾」は、当時、新発見された偏西風に乗り、アメリカ大陸に向けて放った。
楮和紙に苛性ソーダ液とコンニャク糊で5層貼り合わた直径10mの球体に水素ガスを充填して飛行した。

1967年バックミンスタ・フラーの「浮かぶ球状都市」は、直径5kmの趙巨大なジオデシックドームの内部空気が、日の出の太陽光によって暖められ、浮力が生じて上昇する提案である。

1956年フランク・ロイド・ライトは「ゴム膜の空気住宅」を提案した。

天然のチクルにとって代わり、人工の酢酸ビニールが風船ガムの素材となった。

1998年には、ポリウレタン製で良く延びる高性能のコンドームが発売されました。

◯ビニールシート

ヘリウムガス(比重0.1381)は1立法メートル当たり約1kgの揚力を発生する。
「アドバルーン」は、直径が2mより小さいと、ヘリウムガスの浮力よりも、塩ビフィルム(膜厚0.2mm)の自重が重くなるために浮上できない。
事故防止のため、風速5m/s以上で掲揚は中止され、掲示中は昼夜を問わず常時監視員が配置される必要がある。
1931年鈴木信太郎「東京の空」

科学技術の発展を背景に、新しい美術表現を展開した1960年代のアーチストにとって、ビニールフィルムと空調用送風機を利用した風船はてごろな素材でした。
1966年EATグループのスティーブ・バクストン「物理的な物」
1967年クリスト・ヤバシェフ「5600立方メートルの梱包」
1968年パリ市立近代美術館「充気構造展」では、芸術や技術、建築や家具、玩具や家電製品、広告オブジェクトやパーティー用品、車両や宇宙車両など、多くの分野での気膜造形を展示した。
1969年オットー・ピーネ「熱気彫刻 雪の中の火」

1966年アンディ・ウオーホールの「銀の雲」は、ナイロンとポリエステルの膜にメタリック蒸着した風船で、3日間維持した。
ナイロン膜の風船は、室内で5~10日維持する。
ポリ塩化ビニ-ル膜やポリエチレン膜の風船は、室内で2か月、屋外で1か月維持する。






9)複合素材

豊島園遊園地で、農業温室用のポリ塩化ビニ-ルシートを、漁業用の漁網で補強した、巨大な建築物がつくられた。
しかしながら、内圧10mmAqで支えられた膜体上にできた深さ21cmの凹みに雨水が溜まり、暫時沈下して凹みが拡大し、最終的に倒壊した。

◯ターポリン防水布は、タール (tar) を塗ったキャンバス生地の覆い布 (pall) が語源で、もともと船の上の貨物を覆うための防水布である。

1946年ウォルター・バードはターポリン防水布を利用して「軟式レーダードーム」を製作した。

今日では、高分子長繊維の布地に高分子樹脂フィルムを積層したターポリン防水布が、インフレータブル遊具、エアアーチ、仮設建築物などの空気膜構造の素材として様々な分野で広く使用されている。

1970年 「浮遊都市インスタント-シティ」建築家集団アーキグラム

◯ガラス布にテフロン樹脂をラミネートした膜体は、不燃性の建築素材として認可されている。
1979年「メトロドーム」 340トンのテフロンコーティングしたガラス繊維膜体を空気圧力20mmAqで持ち上げた。
鉄製補強ワイヤーが大きな膜面張力を分散させる。 積雪時には、積雪の重量に見合う空気圧力を加え、膜体が沈む込むのを防ぐ。

◯金属の気膜
金属を構成する結晶の粒子を細かく均一にすると、金属を伸ばしたり、曲げたりできるようになる。

高圧で液化するLPGは、球形タンクの中に液体状態で貯蔵する。
液化するのに必要な圧力は、20℃の場合、ブタンで2.1気圧、プロパンで8.5気圧である。

1985年ジャンボジェット機「JAL123便」の圧力隔壁が破裂して巣鷹山に墜落し、乗客520名が死亡した。
高度10万メートル、0.2気圧の上空を飛行する機内は0.8気圧程度に余圧され、機内と機外との間に生ずる圧力差により、機体は風船状態に膨れる。
反対に、機内が0.8気圧のまま、1気圧の地上に着陸すると、機体は大気圧に押しつぶされてしまう。

2012年中央自動車道の笹子トンネルの天井板が崩落し、9名が死亡した。
トンネル下部の自動車道路とトンネル上部の排気路を仕切る大面積の金属天井に気圧差が生じ、天井板を支持する固定ボルトが経年劣化した為である。
一般的な工学では、空気圧の挙動が軽視され、検討されることが少ない。

10)空気膜造形

1972年高橋士郎「空気膜造形」シリーズは、ナイロン布の薄膜体内に空気を送風して任意の形態を生成する造形技術である。
膜体内に供給する空気と、縫い目などから漏洩する空気の差圧により、立体造形物が維持される。

従来の、塊から形態を削りだす減算造形法や、粘土を盛り付けたり、金属を叩いて変形する加算造形法では、量感豊かな立体曲面を創作する為には、大変な労力と熟練技術を必要とする。
空気膜造形は、内部空気の圧縮力と表面膜体の張力がバランスして、量感豊かな立体曲面を自動的に自己形成する。

建築分野における空気膜構造の研究が、もっぱら建築強度を得るために、均一な表面張力の形態を追求するのとは反対に、空気膜造形は、積極的に表面張力の分布を操作して、任意の形態を自由に創作する。







◯型紙設計

空気膜造形の方法によれば、巨大な動く造形物を卓上の縫製作業だけで製作することができる。
ただし、膨らませた状態では縫製作業をすることができないので、仮想モデルによる型紙設計を進めこととなり、空気膜造形の設計理論が不可欠です。

形態を視覚伝達する為には、物体の表面だけが存在すれば済みます。
コンピューターグラフィックが立体画像を生成するときに、表面反射のデーター計算だけで済ませるの当然のことである 。
初期のコンピューターグラフィックでは、ワイヤーフレームで形態の座標を生成してから、それぞけの平面ポリゴンのシェーディングを行う。ワイヤーウレームを展開すれば、膜体の型紙が得られる。
空気膜造形の自己形成の原理が明らかになるにつれて、高度なCADが可能になる。

丈夫で伸びない布製の袋を、きれいな皺のない形にふくらませる為には、特殊な技術が必要となる。
真円形の型紙をふくらませても真円にはならなで、四角っぽくなる。また、正方形の型紙をふくらませても、皺ができてしまう。 布地のバイアス伸びを利用すれば、平面の布でも立体曲面を生成ことが出来る。

膜面の応力は、一部分が全体の形に影響しあい、一定の形を形成する、一即一切の関係にある。


11)軟らかいロボット

1972年『国際コンピュータアート展』
マリオネットは、地球引力を利用して、糸操り人形を操作する。
高橋士郎考案の「バボット」の場合は、空気圧で緊張している膜面を、膜体内部から糸操りして、ロボットを駆動する。

1980年『マイコン展』電気通信科学館で、ナイロン布の極薄い素材を縫製加工した、マイコン制御のロボットを多数発表した。
1982年クリスマルケルのドキュメンタリ映画『サン・ソレイユ』にも登場します。

◯軟らかい機械
布製の風船を所望の動作で確実に変形させる為には、高橋士郎の米国特許 No.4765079が必要です。
この特許は「風船の膜面に余裕部分を付加することによって、膜面に支点を形成し、その支点を中心にして、余裕布と反対側の膜布に固着した紐を小型モータで牽引すると、余裕布が伸びて膜体は支点から屈曲する」紐を緩めれば元の形に復帰します。
真空の宇宙空間でも、使用できる軽量な機構です。

◯簡単な慣性制御 
風船を変形する時に、内部圧力の変動を小さく抑えることができるので、小さな力で、素早く、滑らかで、大きな動作を得ることができます。
駆動力として膜体内部の空気圧を利用する簡単な構造ですから、故障が少なく、専門技術者による保守点検が不要です。
1992年『二子玉川タイムスパーク』では、4年間の屋外連続運転を実現した。

◯膜を利用した論理回路
1970年電気通信科学館「マイコン展」で膜製造のN0R素子36個を、空気の配管でプログラムし、8階調の笛に空気を直接出力する自動作曲機を発表した。

人体の血液循環も、膜状の逆止弁を組み合わせた回路により作動します。





12)空気膜造形の特長

◯現れては消える
千夜一夜物語のアラジンの魔法のランプ、枯れ木に花を咲かせる花咲爺さんの物語など、物語の世界で、事物は自由自在に出現と消去を繰り返します。
日本においては、青森のねぷた、鯉のぼり、松飾り、お盆の岐阜提灯など、四季おりおりの仮設的な造形が考案されてきた。
仮設的な仕掛けは、その時、その場に応じて随意に空間を装い、陳腐化した日常風景に活気を与え、使用後に取り払われ『ハレとケ』の豊かな時空間を演出する。

◯既存建築物との共存
1984年『新しい空気膜ロボットの遊び展』は、土曜と日曜の新宿超高層オフィスビルのロビーを利用して開催され、86.000人の観客が来場しました。
500平方メートルの吹抜空間が、わずか小型トラック1台分の機材、設営時間30分で、仮設の遊園地に変貌し、撤収後の月曜日朝にはオフィスビルの機能に戻しました。

◯旅する祝祭
2011年開発好明「デリリーアートサーカス」は、小型トラックに20体の空気膜造形を詰め込み、阪神大震災があった神戸市から、東北大震災があった陸前高田市まで、連日30日間を移動しながら、毎日、場所を変えて展覧イベントを行った。
街の空地で膨らませば、30分で幻視的空間が現る。振舞い納め後には30分で撤収、跡も残さず消えうせる。

1989年「大阪天神祭」
江戸時代の船渡行は、高さ6mのからくり人形を乗せた船が淀川を往復したが、現代の船渡行は、淀川に架かる鉄橋の下の高さ2mの空間を往復14回通過する必要がある。
1989年から4年間、収縮自在な空気膜ロボットを搭載して、現代のカラクリ船渡行が復興した。
橋の下を通過する時の撤収時間と復元時間は、わずか2分です。

2009年青山斎場『清志郎ロックフェスティバル』では、葬儀花輪の替りに空気膜造形が使用された。 いつでも、どこでも、だれにでも簡単に取り扱える。

◯海外展示
1985年米国フロリダ・エプコットセンタで鉄鋼館のキャラクタが旅行トランクから出現する路上寸劇を1年間行った。
1995年に中国天津市で開催された「第43回世界卓球大会開会式」では、高さ11mの大会マークが30秒間でたちあがり、翼巾6mの鳩が羽撃きながら飛来して、マークの上に止まる。
全ての機材は、日本から空輸した。
2016年ケ・ブランリ美術館「仮面展」

◯アトリウムアート
柔らかく軽量な空気膜造形は、既存建物の壁面や天井を傷つけることなく、取り付けることが出来ます。
従来の展示方法による切ったり、張ったりの現場施行が一切不要です。
1987年大阪市インテックス『国際デザイン博』では、全長50mの龍が舞い降り、煙をはいて上昇します。

◯舞台美術
1993年「第44回紅白歌合戦」では、羽ばたいて飛ぶ鳥がNHKホールの空中を飛行し、全長7.5mの鉄腕アトムが膨らんで、舞台上に登場した後に、空中に消えた。






13)人体を保護する気膜



「自動車のエアーバッグ」
ハンドル中央部に装置し、自動車が衝突した瞬間に膨らませて、運転者がハンドルで頭を打つのを防ぐ。
衝突センサーが働らくと火薬が点火し、その熱と圧力により窒化ナトリウムが化学反応をおこし、大量の窒素ガスが発生する。
発生した400度以上の高温窒素ガスは、スクリーンを通すことにより断熱膨張の原理で冷却される。

「旅客機常備の救命胴衣」小さなボンベに入っているドライアイス20gを気化させて救命胴衣を膨張させる。

「耐Gカバーオール」
高性能なジェット戦闘機のパイロットは、機体が急旋回する時の慣性力で、脳内の血圧が低下し、意識の低下や視力喪失を起こす恐れがある。
パイロットは風船状のカバーオールを装着し、脚部を空気圧で圧迫することによって、体内の血液量を均一に保ちます。

「可搬式気圧室」 高山病の登山者を内部に収納し、足踏みポンプで内部圧を富士山頂程度の気圧まで高めた状態にして、患者の回復を待つ。

1896年リバロッチ 「上腕血圧測定装置」は、高血圧症には不可欠の測定器です。

「化学防御服」放射能や細菌に汚染された大気を遮断し、人体を保護する。

「空調服」夏の屋外の労働現場では、衣装に大気を送り込む冷房服が利用されている。

1968年マイク・ウエブ「住むための機能を身体に装着して持ち歩くことのできる服」



14)地球を脱出する気膜

「船外宇宙服」は、膜体内外の気圧差が非常に大きいために、関節部分を折り曲げる時に大きな腕力を必要とする。
その為に、初期の宇宙服は、内圧を0.3気圧に下げ、純酸素を充填したが、人体を内部圧力に慣れさせる為の時間が必要であり、また、純酸素は様々な事故の原因となった。
その後、動作機構は改善されて、現在では大気圧と同様の内部圧力となっている。
膜体は、テフロンコートされたグラスファイバ布の中に、アルミニウム膜7層 耐火シリカ布6層 ネオプレーンがコートされたナイロン布2層などで構成されている。

「ナサ宇宙緊急救命袋」
宇宙船が破壊したときに、乗員は直径86cmの球状態膜体の中に入って、救助を待つ。
耐熱繊維製の外被膜は内部圧力を維持し、放射線、太陽光線、微少流星から人体を守る。
膜体の中には酸素吸入器、電波信号装置、膨張用の二酸化炭素が装備されている。

2016年「宇宙居住船 NASA BEAM」現在、空気ボンベにより膨張する膜体製のモジュールが宇宙ステーションに接続され実験されている。

1960年初の通信衛星「サテルーン」 は、金属コーティングされた球状膜体の表面で、通信電波を反射した。
マイラーポリエステルフィルム製の膜体は、直径30.5m、膜厚0.0127 mmの巨大で軽量化なものです。

1997年「火星探査車ソジャーナ」は、火星の高度300mまでパラシュートで降下後に、12個のポリエステル布風船を炭酸ガスで膨張、 火星大地に3回バウンドして軟着陸した。

15)環境に優しい

石や金属など作られた堅牢な剛体造形物が、権威の象徴や永遠の記念碑として、造形芸術の主流をしめてきたのに比べて、皮・藁・布・竹・泥などの柔らかい素材は、亡びやすく、価値が低いと考えられています。
しかしながら人類は、硬くて冷たい、価値のある文化よりも、柔らかくて温かな、はかない文化のほうに、より身近に親しんで来たに違いない。

現代の物質文明は、地球環境を破壊する勢いです。

従来のブロンズ彫刻は、大量の資源とエネルギーを消費して、堅牢な権威を表現する芸術です。
反対に、空気膜造形は、環境への負荷が少なく、環境に優しい豊な表現を実現します 。
2011年皇居外苑で、楠正成のブロンズ像(高さは4m 重量6.7t)と、空気膜造形(高さ4.7m 重量7.5kg)が遭遇対峙した。
硬くて重い権力の造形表現と、柔らかくて軽いアナーキな造形表現の対比は興味のあることである。空気は無料 繊維素材は安価 維持は少電力 在庫は少空間

生物は、巣・穴・隠れ場・殻などの生息する環境を構築する。
生物によって構築された環境は、新たな進化の枠組に波及的影響をおよぼす。
空気膜造形の軟らかい曲面空間は、現代都市の中に、新たな人間環境を提供する。

生命体は地球上の大気と重力の影響下で、40億年に渡って進化を続けてきた。

宇宙に人類が進出する時代になって、初めて大気と重量の重要さが着目され初めている。

大気と人間との不可欠な関係に関わらず、空気に対する人間の想像力は貧弱である。

セザンヌは「サント・ヴィクトワール山」の気に満ちた空気感と重力感に着目して、地上のレアリティを絵画に表現した。