『長谷川七郎詩集』(皓星社、一九九七年刊)「高円寺界わい」
看板は喫茶店だが
酒も飲ませたし
なにより女がごろごろしていた
ロートレアモンを気どったへっぽこ詩人が
目のまわりに隈のできた女を相手に
《毒素》とがなって酒を呷っている
潜伏中の共産党員が
度の強い近眼をしょぼつかせて
出稼ぎ女をねちこく口説いている
野獣派の絵描きくずれが
酒場づとめの女房から
飲み代をせびってくる相棒を待って
いらついている
洋服屋のひものうれない文士が
隅の方でとどいたばかりの《ヴォーグ》や
《アーバス バザー》を
女のためにせっせと訳している
絵描き 音楽家 文士 新聞記者 その他正体不明
見まわしてまともなやつはいない
いつもきまった顔ぶれで
がやがや夜が更けてゆく