小池新二

1901年 東京生まれ。
    東京府立一中、松本高等学校
1927年 東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業(同級生:小林秀雄 迫水)
     東京高等美術学校の開設を提唱 (帝国美術学校)創設に関わり
1937年 「ヒマラヤに挑戦して フリッツ・ベヒトールト」訳 河出書房
1931年 「海外文化中央局」自宅に事務所
1936年 「日本工作文化連盟」結成 理事 前川国男らと国策
1937年 「新興家事学」 エルナ・マイヤア著 小池 新二訳述
1940年 「中日工芸文化交流座談会」開催 「興亜造形文化連盟」
1942年 『汎美計画』アルス社を刊行 商工省工芸指導所専任技師
     戦後復興期「神戸博覧会」「横浜」博覧会 プロデューサ
1948年 「工芸ニュース」海外新刊紹介欄を担当
1950年 千葉大学教授に就任
1952年 千葉大学工芸学部に着任 工芸学部を工学部に改
     千葉大学工学部工業意匠学科創設
1952年 「世界の現代建築」
     
1956年 日本生産性本部 第1回米国工業デザイン視察団 団長
     
     (1959 剣持勇:多摩美術大学 立体デザイン専攻 教授)
     (1959 豊口克平 佐々木達三:武蔵野美術大学 工芸工業デザイン専攻 教授)
1965年 [デザイン」保育社(カラーブックス75)
1967年 九州芸術工科大学創設準備室長 翌年九州芸術工科大学初代学長
1981年 死去  79歳