生涯学習センタ

 

1)あそび、たまび、まなび

  そのごく自然に開催されていた、という形がこれからの公開講座の原形になっていくと思います。社会では美術という概念を考え直すべきじゃないだろうか?という動きが起こってきています。美術というと絵を描いたり粘土をこねたりすることだと思われがちだけど、それらはあくまでも手段にしかすぎない。手段を実践していくことで、それぞれの一生をいかに美しく生きるか、ということを更に学んでいきます。美しいことを学び、自分なりの美しい生き方を見つけるための講座を開設することで、美術というものの概念を見直すことが出来る。それが今の多摩美に必要なことです。

  理想の公開講座というものは、大学の持っている知識・技術を社会のために役立てるということだけではなく、一般の方々といっしょに考えながら同時に企画したものを実施していくというスタイルです。基本は「あそび たまび まなび」です。これは頭文字をとると柔らかい「あたま」になります。つまり、柔軟に考えること、そしてそれを実行する意志が重要なんだという意味をこめた標語です。多摩美の公開講座がカルチャースクールと大きく違うところは、講座で学んだことを更に深く学びたい人に次の段階の学ぶ場所を提供したいという点です。

  環境さえあれば、すぐにでも大学に通いたいと思っている人達はたくさんいると思います。公開講座を受講する人は学ぶ意欲がある人達だからこそ「神遊び」の要素を取り入れた講座を実施したいと思っています。神遊びとは、仕事と遊びがいっしょになってしまった状態をいいます。目的を追求していくと終には目的を忘れた状態になって、気付くと仕事と遊びが一緒になっている。このように目的や理由から開放された神遊びを人生のなかに見出していく講座を考えています。論理的な夏目漱石よりも美的な永井荷風の生き方です。

  入り口が生涯学習講座、そして学生と一緒の空間で制作活動をしていく、そういう学び方が出来るようにしていく。表現したいというのは、人間の本能として誰でも持っているものです。若い頃は実利的なことにしか興味がなかったような人でも、最終的にたどりつくところは自分の手で何かをつくり出したい欲求だったりします。だから、その欲求に気付いた時、一歩踏み出せばすぐ踏み込んでいけるような環境を多摩美が提供します。公開講座で大切なことは、技術的なことを学んでいくこと以上に、学ぶことで新しい自分を再発見することです。子育てや仕事で制作活動を一時中断したとしても、いつかまた再開してほしい。だから何かつくりたい、と思った時にいつでも、誰でもつくることが出来る大学でありたいと思っています。

  「ものからこころ」の時代と言われる現代、本学では大学という教育機関に課せられた新たな使命として、再教育や生涯教育の機会を提供するということに取り組み始めています。その一環として'99年9月から教育充実検討委員会生涯学習部会を中心に生涯学習事業実施に向けて準備が進められています。

 

2)事業計画

  生涯学習センターの設置は、広く社会人・市民各層に“創造することの愉しみ”を、あそび心豊かに体験していただく機会を提供するとともに、本学の多層な教育チャンネル構築の一翼を担い、学内の活性化に寄与します。

  本学は専門分野である「創作活動」を核にした創作する歓び、創作する愉しみを発見する場をもっと多くの人を対象に提供することにしました。特に、受講者の方々の年齢や技術レベル等にこだわらずに様々な教育プログラムを考えていくことを前面に置き、既存の枠にとらわれない、あそび心あふれる企画を考案、準備中です。具体的には絵画、版画、映像、写真、工芸などを中心とした「工房」を開き、キャンパス内だけではなく、時には各地へ出張する臨機応変な活動を行なう予定です。

  生涯学習センター事務局では、1999年9月下旬から10月中旬にかけて、各学科に向け、どのような講座や工房が立ち上げられるかに関してのアンケートを実施しました。まだアイディアの段階で、実施については未定ですが、30講座ほどの具体的な提案がされています。なかでも、小学生を対象とした「こども水墨画(平松教授)」や、遊びながら空間構成を学ぶ「空間教室(川上教授)」など、小さい頃から芸術・美術にふれてもらおうという試みや、学科の教育内容を興味あるテーマで公開するグラフィックデザイン学科の「愛を伝えるいろいろシリーズ(田保橋教授)」など、個性的な提案がなされました。また、地方に出かけ自治体と提携・協力しながらワークショップを開催する「出張版画教室(渡辺教授)」なども検討中です。

  公開講座を開講するということは、外部からの受講者を受け入れることなので、大学全体の総点検ができます。フレキシブルな人の動きを考慮して受け入れる環境づくりを考えるいい機会となります。また、大学という環境にはいろいろな設備があるので、その設備をどのように社会に還元していくかということも考えなくてはいけない点です。学内の意見と外部からの要望を調整することが一番難しい問題でしょう。しかし、外部からの要望を取り入れていくことで大学自身の客観的な見直しも出来るという点でも期待できます。

  公開講座は、助手や副手の新しい活躍の場としても考えられます。研究室で勤務した後、公開講座の講師を務めることで社会的なバランス感覚を身につけられるとなれば、助手・副手自身の研究室での意識が変わり、活性化し、大学全体の変化にもつながっていきます。また、本学教員や助手・副手以外に公開講座の講師を起用することも考えられます。卒業生、大学院生等を登用するというラインを考えていくと、これも人材の活性化ということになります。

  講座および工房のタイプとしては、(1)大学全体で特別テーマによる大型公開講座を年に1-2回行う (2)研究室や有志が、文化芸術論、美術史、文化史講読など座学系の公開講座をおこなう (3)絵画、版画、映像、工芸など各部門実技系の公開工房、街や自然を学ぶ場にフィールドワーク型 (4)各自治団体などの要請により地方に出向いて開催する、短期プログラムの出張講座や工房、などが想定される。
  特徴としては (1)既存の生涯学習という枠にとらわれないユニークであそび心あふれる企画 (2)研究室の枠を超えた共同連携のプログラム (3)独自の企画で外部講師の招聘も可能 (4)幼年、セミプロ、教師、親子など受講者の年令やレベルも様々 (5)今まで研究室単位で独自に行ってきた講座を組み込む、などが考えられる。

 

3)品田雄吉映画館の実施記録

1999.11.03 公開講座「第1回品田雄吉映画館―映画に見る世界の家族―」ゲスト:香川京子
「東京物語」1953年日本136分。監督:小津安二郎。脚本:野田高梧、小津安二郎。撮影:厚田雄春。出演:笠智衆、東山千栄子、原節子、杉村春子、香川京子。尾道に住む年老いた夫婦が、東京で暮らす子供たちの家を訪ね上京した。歓迎とは裏腹の応対にとまどう夫婦。やさしく接してくれたのは戦死した息子の嫁だけだった。
香川京子:女優。映画では「ひめゆりの塔」今井正監督、「式部物語」熊井啓監督、「まあだだよ」黒澤明監督、テレビでは「蔵」「ふたりっ子」NHK)など出演多数。1998年秋、紫綬褒章受章。「東京物語」では三女・京子を演じる

1999.11.23 公開講座「第2回品田雄吉映画館-映画に見る世界の家族-」ゲスト:松浦弘明
「若者のすべて」1960年イタリアフランス176分。監督:ルキノ ヴィスコンティ。脚本:スーゾ チェッキ ダミーコ他。撮影:ジュゼッペ ロトゥンノ。出演:アラン・ ドロン、アニー ジラルド、レナート サルヴァトーリ。イタリア南部から、大都市ミラノに希望を託して移住した南部移民パロンディ一家の悲劇をドラマティックに描く。5人の兄弟のそれぞれの葛藤と苦悩が、きめ細やかに描かれたヴィスコンティの代表作。
松浦弘明:イタリア中世・ルネサンス絵画史を専門とする美術史家。1984-87年イタリア政府給費留学生としてフィレンツェ大学文学部美術史学科に留学。論文「フィレンツェ洗礼堂のモザイク装飾―創世記サイクルの図像に関する一考察」他。現在多摩美術大学講師

1999.11.28 公開講座「第3回品田雄吉映画館」ゲスト:山田洋次
「家族」1970年日本107分。監督:山田洋次。脚本:宮崎晃、山田洋次。撮影:高羽哲夫。出演:井川比佐志、倍賞千恵子、笠智衆。九州長崎の炭鉱が閉鎖になり、そこで親の代から働いてきた一家5人が、北海道の開拓村へと向かうロード ムービー。途中愛娘が急死する事件以外、あくまでも日常的な出来事がドキュメンタリータッチで展開する。
山田洋次:映画監督。1954年演出助手として松竹大船撮影所入社。1961年「二階の他人」で監督デビュー。1969年には脚本を執筆したTVシリーズ「男はつらいよ」を自ら映画化し大ヒット。他に代表作として「幸福の黄色いハンカチ」1977、「キネマの天地」1986、「学校」1993など。

1999.12.04 公開講座「第4回品田雄吉映画館-映画に見る世界の家族-」ゲスト:渡辺祥子
「普通の人々」1980年アメリカ124分。監督:ロバート レッドフォード。脚本:アルヴィン サージェント。撮影:ジョン ベイリー。出演:ドナルド サザーランド、ティモシー ハットン、メアリー タイラー ムーア。シカゴ近郊に住む4人家族を突然襲う長男の事故死、次男の自殺未遂事件。ありふれた日常に潜む不安と虚妄を淡々と描き、親子、夫婦の問題を提起したロバート・レッドフォード初監督作品
渡辺祥子:映画評論家。共立女子大学文芸学部芸術専攻卒業。雄鶏社「映画ストーリー」編集部を経て、映画ライターに。著書に「グルメのためのシネガイド」「食欲的映画生活術」早川書房。現在「婦人公論」「婦人画報」などで執筆中

1999.12.11 公開講座「第5回品田雄吉映画館-映画に見る世界の家族-」ゲスト:小栗康平
「風の丘を越えて 西便制」1993年韓国113分。監督:林權澤。脚本:金明坤。撮影:鄭一成。出演:金明坤、呉貞孩、金圭哲。韓国の伝統芸能であるパンソリの旅芸人一家3人の物語。父ユボンは、娘ソンファと息子トンホに厳しく稽古をつけ、芸を仕込む。しかし、トンホはそんな父の情熱を理解できず、姿を消してしまう。
小栗康平:映画監督。1945年群馬県生まれ。早稲田大学卒業後、フリーの助監督を経て、1981年に「泥の河」を発表し、多くの映画賞を受賞。代表作として「伽耶子のために」1984「死の棘」1990「眠る男』1996など

開場12:30、開演13:00会場:多摩美術大学上野毛キャンパス講堂、東急大井町線・上野毛駅徒歩3分。受講料:無料(当日先着500名)。主催:多摩美術大学。後援:世田谷区教育委員会、目黒区教育委員会。実行:生涯学習部会 小委員会 委員長 福島勝則。担当:生涯学習センタ事務局 渡辺美紀子。

  映画上映のあと映画評論家・品田雄吉(多摩美術大学教授)がゲストを招いて「映画と家族」について語りました。品田雄吉:1930年北海道生まれ。北海道大学文学部国文科を卒業後「キネマ旬報」「映画旬刊」「映画評論」の編集に携わる。65年からフリーとなって以後、新聞、雑誌、テレビなどで幅広く映画評論活動を展開している。
  映画は20世紀が生んだ重要な文化です。映画はまず、動くモノクロの映像として19世紀の末に誕生し、それから音や色を加えて発展してきました。私たちは映画を娯楽として享受し、同時にそこからさまざまなものを学び取ってきたように思います。今日では、20世紀半ばに生まれたテレビが目で見、耳で聞く文化の代表のようになっていますが、そのテレビ番組の中で映画が大きな比重を持っていることからも、映画の重要性は容易に理解できると思います。
  さまざまな国の映画に接しながら、さまざまな人々の喜びや楽しみに触れ、そこから何かを得る―。そんな映画の効用をすこしばかり生かしてみたいというのが、いわばこの催しのコンセプトです。理屈はとにかく、いろいろな国の映画を楽しんでいただきたいと思っております。

  来場者の年齢層は、上映された映画やゲストによって若干の差はありますが40〜60代の層に集中していました。ただし全体的に見ると、年齢層は幅広く様々な年齢の親子連れが多かったことも目につきました。小学生と父親、20代の娘と母親、40代の息子と60代の父親等の方々が連れ立って来場しているのが印象的でした。11月23日(火)の来場者の方で「『東京物語』を近所なので散歩がてら見に来たら、おもしろかったので今度はお友達を誘ってきました。5回の講座全部に出たい」と話して下さる方もいました。また、新聞の記事でこの公開講座を知った友人に誘われて来たという会社員の方は「毎日、通勤で車で学校の横を通っているんですが、こんなにきもちのいい中庭がある学校だったなんて知りませんでした。映画以外の講座もあったらぜひ参加してみたいですね」と話して下さり、今回の試みは本学を地域の方にももっとよく知ってもらえるきっかけとなったことがわかりました。

  本学から一般の社会へ向けて公開されてきたものの中には、宗教美術研究会の公開講座、美術学部芸術学科の学生が企画・主催するシンポジウム等がありました。広い意味で考えると、オープンキャンパスも大学の公開という企画のひとつではありました。

  しかし、今回のように高校生や大学生以外の年齢層の方々、地域の方々等を対象に展開した企画は初の試みだけに心配な点もありました。 そのため、それぞれの講座当日、来場者の方々にアンケートの記入をお願いしたところ、平均して6割以上の方からの回答がいただけました。回収されたアンケートからは今後の参考になる貴重なデータが収集できました。これからの企画への希望という点では、版画・陶・写真関連の講座開催希望の他に今回のようなひとつのテーマに沿って映画を上映するという企画を続けてほしいという声が多く、映像分野への関心の高さが確認できました。また、八王子キャンパスでの実施希望の意見や、地方から足を運ばれている方もおり、出張講座のような形の開催の必要性も感じました。回を重ねるごとに、本学の企画を楽しみに毎回来ていただいている方もいることがわかり、開催側の励みとなる手応えを感じることが出来ました。

(生涯学習部会部会長 米倉守)