はじめに
多摩美術大学 学長 辻 惟雄
複雑かつ高度に成長した社会と、それにともなう学問、芸術の多様化という現状のもとで、大学教育の個性化、多様化、高度化を求める社会の要請にこたえ、個性的で自主性に富んだ研究教育活動のありかたを求めるにいたったのが、平成3年6月の大学基準法改正である。これに伴い、大学がその社会的責務を果してゆくため、みずからの組織ならびに教育研究活動を全体にわたって点検・評価し、その改善・改革を図ってゆくことが、制度的にも求められることになった。
本学においても、こうした自己点検の趣旨に賛同することにはやぶさかでない。だが、すでにこのころ本学は、新たな芸術の創造に適した環境づくりと教育組織の整備のため、大掛りな学部・学科の改組転換に着手していた。平成6年には、八王子校地を拡張し、改組された新しい学科のための建物がつぎつぎと建設される。八王子キャンパスがその面目を一新して、公私立の美術大学を通じて、もっともその規模の大きさを誇れるようになったのは平成10年のことである。平成11年にはメディア・センター棟の建築も始まり、また上野毛校も従来の二部から脱皮し、独立した造形表現学部として新たな歩みを始めることとなった。大学院博士課程の新設も計画されている。近郊の多摩センターには付属美術館となる建物も購入され、2000年4月に開館する。自己点検を行うには、ここのところあまりにも動きと変化の激しすぎた本学にとって、いまやそのための好機が訪れたわけである。
このたび発刊される「多摩美術大学1997-98-99」は、こうした現状をふまえて編集されたもので、学長および自己評価委員会のメンバーが、16にのぼる八王子、上野毛両キャンパスの全学科を訪問し、それぞれの沿革、現状、将来の課題についてヒアリングをおこなった。その内容は本書に見られるとおりである。またこれにあわせて、各教員の業績、各学科の保管する機器の種類や数量、国際交流、生涯教育などさまざまな角度にもとづく点検も行われた。
500ペ−ジに上る本書の内容は、予想以上に多彩な内容となり、本学の教育および研究活動の厚みと充実を浮き彫りにしたと思う。先述のような最近の学内における急激な改組および校舎新築の事業は、全く矛盾なしに行われたわけでなく、それにともなう若干の混乱、あるいはボタンの掛け違いという要素がいまだに尾をひくことも事実である。だが、自己点検の目的が、大学の組織の改善、改革にあるとすれば、そのため具体的な課題を見出だしたということ自体が評価に値する。ハード面での整備にふさわしいソフト面での充実が残された課題であり、そのための対策はすでになされつつある。
最後に、多分野にわたる膨大な報告内容を、短期間に編纂した高橋史郎教授の手腕に心から敬意を表したい。