大使館から外交荷物として送ったために、佐々木静一が麻薬が入っていると思って封印し放置しました。
佐々木静一はラオス、直前に赤軍の佐々木則夫と間違われて、ドゴール航空で拘束されたのでナーバスになっていました。
当日、東大の初代文化文化人類学教室教授であった石田英一郎学長が急死、続いて次期学長候補の泉靖一が逝去したために、次ぎの江上波夫を候補にすべく、研究財団設立のための1億円の寄付金を目標にしていましたが、高橋史郎が作った2000万円の内600万円を江上波夫の調査旅行としてわたしたのが源資です。他にチェンセンの土地に村田理事長が定年後に住む家も新築しました。
チェンマイでの江上、奥野、煖エ協議で江上、奥野の企みを知り、学長候補は真下学部長に変更しましたが、国会の文教委員会審議で、多摩美が焦点となり「大学管理法」「私学助成法」制定へ進みます。