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→人形アニメ「死者の書」制作日誌  →「古事記展」2020  →高橋士郎講義ノート

万物に霊が宿ると信じられていた時代、 大陸からもたらされた仏教が、社会に浸透しはじめた。
平城の都の文化の爛熟する一方で、疫病や疫災が流行し、
天皇の病気平癒を祈願して東大寺の大仏が建立され、開眼供養の行われた。
富と権力を取り巻く権力者達の争いが繰り返されていた。
旧体制に所属する語部は、漢字の普及により失業した。
→「試写の書」」原文
第一章
死者が、闇の岩牀(いわどこ)の中で目覚める。
死の刹那ひと目だけ見たひと目惚れの女、耳面刀自についての深い凝結した記憶が甦る。
そして、ここは自分の墓であり、殺されたのだという記憶。 
滋賀津彦の亡霊(観世) 大津皇子 天武天皇の皇子。
風貌に優れ文武に秀でて、人望も厚かった。
謀反の罪で処刑されるが死の間際に見た耳面刀自への執心から亡霊となり、
この世をさまよう。
 [安藤礼二 2013東京自由大学]  . . .
  耳面刀自(みみものとじ)藤原鎌足の娘
大友皇子(弘文天皇1870年)の妃。壬申乱を逃れて東国に下るが
海難に遭い匝瑳市野手の内裏塚浜に漂流
第二章
郎女の魂があこがれ出ていると見た当麻語部の差配により、
当麻氏の家人達が白衣(びゃくえ)の修道者になって、当麻路で姫の魂呼いをする。
「こう こう。お出でなされ、藤原南家の郎女のみ魂」
その声が、二上山に葬られた滋賀津彦を呼び起こしてしまう。
藤原南家の郎女(いらつめ)(宮沢りえ) 
 藤原豊成朝臣の娘。阿弥陀経一巻の一千部書写を発願。
聡明さと、ひたむきな信仰心を兼ね備える。
 俤びとへの一途な想いから當麻寺まで嵐の荒野を歩き通す。
當麻曼荼羅を織り上げたと伝えられる中将姫がモデル。
當麻の村の語り部(たぎまのかたりべ)の媼(うば)(黒柳徹子)
 大津皇子の物語を真剣に聞く郎女のために、
媼は郎女への執心を深め尼の姿になって郎女を助ける。
魂乞をする村人達の長老(三谷昇)
神隠しにあった郎女の魂を呼び戻すために遣わされ、
50年前に処刑された大津皇子の霊を塚の中から呼び醒してしまう。
第三章 第四章
捕らわれた郎女は、その夜寺の荒れ果てた薄暗い庵室(あんしつ)に座っていた。
昼間から郎女を聞き手とみあてていた当麻語部の姥が、神懸かりし、郎女に物語る。
謀反の罪で刑死にあった滋賀津彦(しがつひこ/大津皇子)の耳面刀自(みみものとじ)への執着が、
時を超えて、耳面刀自の血筋である郎女に向けられている、
彼も物語りで伝わる天若(あめわか)みこのひとり。
第五章
死者は自分の名は滋賀津彦である事、妻は殉死(ともじに)し息子も殺されただろう事を思い出す。
世の中に跡を胎(のこ)してこなかった事を嘆き、耳面刀自に切望する。
「子を生んでくれ。おれの子を。」
郎女は、庵室での初めての夜明けを迎えようとしていた時、戸を揺する大きな物音を聞く        
第六章
郎女は、今は難波にいる父からの贈り物である「称賛浄土仏摂受経
(しょうさんじょうどぶっしょうじゅきょう)」の千部手写(しゅしゃ)を始め、一心不乱に写す。
春分の日の西空、入り日どきの二上山の峰の間に瞬間、荘厳な俤(おもかげ)を見る。.
半年後の秋分の日には、同じ空にありありと、俤びとの 髪 頭 肩 胸。
そして待ち焦がれた次の春分の日、ついに千部を書き上げた。
外を見ると雨。姿を見せぬ俤びとを求めて郎女はその夜、館を出奔する。
嵐の中を歩き続けた翌朝、そこに目を瞠(みは)る堂伽藍の当麻寺があった。
そして聳(そび)え立つ二上山。
振り返り目の下に遠く、一族が暮らした、藤原・飛鳥の里を眺め。
第七章
女人禁制の寺の浄域に入った郎女は、寺奴(てらやっこ)に見つかる。
第八章 第九章
 大伴家持は、世の中がすっかり変わって来ている今も、
古い氏素性(うじすじょう)にとらわれている自分に苛つき、感傷と共に来し方行く末を考える。
横佩家の郎女が神隠しに遭ったという噂を聞きながら、
馬上の家持は、石城(しき)に代えた新しい垣、築土垣(つきひじがき)の続く道を進む。
気が付くと、石城に取り囲まれた郎女の家、横佩家の前に来ていた。
大伴家持(おおとものやかもち)(榎木孝明)
「万葉集」の編纂者のひとり。学を好み、歌を愛する才人だが、政治的には不遇
内省的でものごとに執着せず、諦観した人物  .
恵美押勝(えみのおしかつ)(江守徹) 
藤原仲麻呂 藤原武智麻呂の次男で、郎女の叔父。栄達を極めるが、
後年、謀反の計画が露見して失脚する。世俗的な人物
第十章
藤原南家(なんけ)横佩家(よこはきけ)の姫、
郎女は、古いしきたりで残された石城(しき/石垣)に取り囲まれた館で、
外からの人や、目に見えぬ鬼神(もの)の侵入から守られて暮らしてきた。
天稟(てんぴん)に恵まれた郎女は、曾祖母の法華経と大叔母御の楽毅論(がっきろん)、
この女手の二巻を一心に習いとおした。
そして父の書き綴った仏法伝来記には涙し、仏に感謝し、この縁起文を手写した。
第十一章
庵室での初めての夜を過ごした翌日、郎女は庭で鳴く鶯の声を聞きながら、
せめて蝶飛虫(ちょうとり)にでもなって、あの山の頂へ、俤びとをつきとめに行きたいと思う。
第十二章)
寺へ迎えに来た南家の家人に、郎女は、自分が得心するまで寺で身の贖(あがな)いをすると言う。 
第十三章
つた つた つた 真夜中、安らかに身を横たえる郎女をおとなう気配。
夢かうつつか「のうのう 阿弥陀仏」口に出すと、天井の光の輪に、かの日に見た俤びとの姿。
第十四章
家持は恵美押勝の円かな相好と威(い)に圧せられながら、漢文学などについて会話する。
幼い時から学ぶことを好み、斎姫(いつきひめ)も、人の妻も拒んだ郎女が、当麻寺に留まっているのは、
尼になる気だからではと噂する。
第十五章
郎女は毎夜、あの音の歩み寄ってくる畏(おそろ)しい夜更けを待つようになった。
躑躅(つつじ)の頃のある夜、天井に写る光の輪の中に、
あの日見た金色の髪の荘厳な顔が郎女を見下ろしている。冷え冷えとした白い肌 .
「おいとおしい。お寒かろう」
第十六
女たちは蓮の茎を収穫し、藕糸(はすいと)を績(う)むが、糸は切れやすい。
郎女の「夏引きの麻生(おふ)の麻を績むように、細やかに」の言葉に、乳母も加わって績み、
藕糸のまるがせが、廬堂に高く積まれていった。
第十七章
彼岸中日 秋分の夕。大山颪(おろし)。
乳母たちと身を寄せ合っていたはずの郎女は、ひとり寺の門に立ち、入り日に向かっていた。
男嶽(おのかみ)と女嶽(めのかみ)の間に現れたそのお顔がはじめて、まともに郎女に向けられた。
「なも阿弥陀仏 あなとうと阿弥陀仏」
第十八章
夜更けても、一心に藕糸で機(はた)を織る郎女。
早く織りあげてあの素肌のお身を掩(おお)うてあげたい。しかし糸はすぐに切れてしまう。
まどろむ夢の中現れた、尼姿の当麻語部の手助けで織り進める。
目覚めた郎女の機から美しい織物。
第十九章
郎女は布を裁ち、縫う。だが、形にならない。
昼の夢の中、再び当麻語部の姥の導きで、大きな衣が出来上がる。
「でも これではあまりに寒々としている。」
第二十章
語部の物語に信をうちこんで聴くものはない世の中が来ていた。
当麻語部の姥は、郎女の耳に近い処を、ところをともとめて、さまよい歩くようになった。
一方、郎女は縫い上げた衣に、命を絞るまでの念力で、先の日見た夕べの幻の美しい絵を描き終えた。
するとそれは、見る見る数千地涌の菩薩の浮き出た曼陀羅となった。

 . .  青空文庫