井上忻治

 

1884 9月2日福岡県生
  早稲田大学法学部卒業
1910 早稲田大学法学部 教授 26歳
ベルギー、ドイツ、フランス滞在
1913 早稲田大学 教授
1914 「最新独和法律経済辞典」井上 忻治 東海堂
1917 早稲田大学騒動により解職
大山郁夫、宮島綱男、村岡典、服部嘉香、原口竹次郎、井上忻治、武田豊四郎、寺尾元彦、北昤吉、遊佐慶夫 [グループ・プロテスタンツ]
1919 「世界興亡史論 2-4 欧洲民族文化史」 北 昤吉訳 井上忻治訳 興亡史論刊行会 
1922 「成句難句用例独逸文詳解」再訂増補版 藤山 治一井上 忻治共著 / 出版:東海堂
1924 「世界興亡史論 9 欧洲思想史」北昤吉著 井上忻治訳 興亡史論刊行会 
1931 「世界興亡史論 13 欧洲民族文化史」 イェーリング著 井上忻治訳 世界興亡史論刊行会 平凡社
1932 ヴィルヘルム・ヴィンデルバント「一般哲学史 第2巻」第一書房
1933 ヴィルヘルム・ヴィンデルバント「一般哲学史 第3巻」第一書房
ヴィルヘルム・ヴィンデルバント「一般哲学史 第4巻」第一書房
1935 ヴィルヘルム・ヴィンデルバント「一般哲学史 第1巻」第一書房
多摩帝国美術学校 教授
1953 多摩美術大学 学長
1967 多摩美術大学 理事長
1976 6月12日死去。91歳

第一席 井上忻治氏「少年犯罪と其防遏策」
時間の都合上余は本問題の攻究を其の消極的方面及び之に必要なる機関論に止めんとす。リストも云へる如く犯罪は社会生活の一形式とも認めらるゝものにして之に加ふるに罰をのみ以てして其の防遏を期する如きは誤れるの甚しきものにして適当なる保護亦併せ行はれざるべからず、此意味に於て近時刑事政策革新運動漸く熾なるが其中最も一般的に世人の注意を惹きつゝあるものは即ち少年犯罪者に対する政策之なり十九世紀後半の刑事統計に従へば少年犯罪の増加は最も顕著にして特に累犯の増加せること甚だしきものありて累犯者は大概二十歳前後迄に初犯を為せるものたることは蓋し児童問題に対する注意を斯くは喚起せる要因なるべし而して本問題を解決する為めには先づ少年犯罪人の一般的特質を究めざるべからず犯罪少年の前身は皆不良少年にして破廉恥、残忍、傲慢、剛情にして浪費を喜ぶ其原因は甚だ多かるべきも概言せば第一生物的原因と第二社会的原因とに分類し得べし生物的原因は先天的なるものにして生れながらに神身の不具なるに原づく此素質を有する少年は固有の悪癖を有す社会的原因は後天的なるものにして所謂 Milieu socialの醸成せる処なり。即ち主として教育関係及び経済関係及び家庭の事情の宜しからざる事之なり少年の意志感情は周囲の情況に依り如何様にも変化するものなるが上彼等には一種の強き模倣心あるものなるを以て教育の如何は重大なる結果を生ず新聞紙、芝居、活動写真の如きは一の社会的教育なるを以て亦与る所甚だ多し、文明の進歩は欲望を複雑ならしむるも此欲望を満足せしむべき手段は同時に増加せざるを以て経済上の苦痛爰に加はり犯罪の機会即ち発生す孤児私生児の如き家庭の暖味を知らざる少年は世を癖み人を猜み犯行を敢てして憚らざるに至る事多し。是等忌むべき傾向に備ふるの策として先づ少年の心理を研究せんに彼等の意志は大人の夫れと異り甚だ動揺し易きものにて或欲情の刺激の下には彼等は突飛なる悪事を行ふを省みざるものなるを以て適当なる手段に依り之を善導する事は必しも難事にあらず従って彼等の罪を責むる為めには特別の裁判所、特別の刑法を設くるの必要あり此点は久しく唱道せられ来れるが千八百九十九年シカゴ市に初めて特別なる少年裁判所設けられてより米国の各地続て欧州の重要なる地に其の設立を見るに及べり米国の学者は犯罪少年を一種の病人と考へ恰も少年の疾病に小児科なるもの存するが如く特に少年の為めに治罪の策の存在を要求したるなり、少年の犯罪者ある時は成年者の如く拘禁を為さざるを原則とす、殊に十五六歳以下の少年には止むを得ざる場合の他は拘禁を禁ずる国少なからず少年裁判所にては犯罪者のみならず家なき放浪児、乞児等凡て無監督の状態にある少年をも管轄するものにして其大なる特色は少年判事の任命にして単独制なるを普通とすこの判事は児童の心理に通じ各犯罪者の性質を親切且つ組織的に研究して其感化を期するものなり。裁判所の模様も普通の夫れと異り全く別の建物を用ふるか或は普通の裁判所を使用すとせば特定の日に於て之を開き裁判所らしく思はしめざるを主眼とす従って傍聴を許さゞるは勿論検事も弁護士もなく只後文述ぶる処の Probation Officer が立ち合ふ他は法服を着せざる少年判事が膝を突き合せ頭を撫でつゝ懇談的に取調べを行ふものなり判事の権限は甚だ広く米国の如きは全く無限にて良心の命ずる所に従って行へば可なるものにして判決期の如き亦定まらざるなり。Probation Officer は裁判所構成の一要素にして米国各都市に一人宛置かれ判事に属して犯罪少年の保護監督に当るものにして犯人生ずる時は其人物犯行の事情等を調査して判事に報告し判事より更に其少年を此官吏に托する旨の決定ある時は彼は或は自ら其少年を監督するか或は自己の信ずる慈善家に之を托し判事の命ずる義務を遵守せしめ其経過を判事に報告し大柢一年間に亘りて監督を為し善果生ぜるものは釈放し然らざれば更に Probation の期間を延長し或は判事より更めて有罪の判決を為すものなり此他感化制度(Reformatory system)に就きても説明の要あれども時間の都合上之を省略する事とせり。

多摩美術大学最終講義「個人の自由と社会連帯」