生きている画像 1948

 

あらすじ:洋画の大家の瓢人先生(大河内伝次郎)は酒が大好きな人情家で独身主義者。門下の田西(笠智衆)は帝展に何度出しても落選する”落選の天才”だが、同じく門下の南原(藤田進)は特選とされた作品を自ら切り裂いてしまう破天荒な男。田西の作品は十分に入選に値すると弟子達が口を揃えても、瓢人先生は一顧だにしない。ある時田西が瓢人先生に結婚の仲人を頼みにやってきた。仲人嫌いの先生はいつも弟子の仲人には親友の龍巻教授(古川緑波)に代わってもらっていたが、今回は仲人どころか田西の結婚自体に反対し、結婚すれば破門とまで言い切る。

美砂子「落選の方ではもう、権威ですのね」
田西「錚々たるもんです」
美砂子「もう諦めようとお思いになりませんの?」
田西「僕は四十です。もう他に行く道はないでしょう」
美砂子「ずっとおやりになりますの?」
田西「死ぬまで、かかっても」

田西「青貝さん、こんなこと言って、怒らんでください」
美砂子「え?」
田西「モデルになってもらったお礼のお金、あとひと月ほど、待ってください」
美砂子「あたし、モデル女じゃございませんの」
田西「いや、そりゃあ、立派なお嬢さんですが、あの、モデルになってもらったお礼は、また別です」
美砂子「あたしも貧乏ですけど、そんなご心配いりませんの。ただ、ご近所のよしみで…」
田西「…失敬しました、すみません。あのう、落選の絵ですが、いずれ、あれをお持ちします」
美砂子「ええ、いただきますわ、記念のために」

どんな時でも飄々としている先生ですが、田西と美砂子の結婚には断固反対し、美砂子が泣いても田西が懇願しても許してくれない。二人とも別れたくない、それなら死ぬかと自問するも、田西は先生に背くことなどできないが美砂子と別れることもしたくない。美砂子も絶対に別れない、死にたくもないと、二人の想いはより強くなっていく。

するとある日、いつもの通り着物の帯の絵を描く内職をしている田西のところに、先生の弟子の芒(すすき)がやってくる。

田西「…破門ですね」
芒「先生はね、君の結婚話は門下第一等だってね。一世一代の仲人をするというんだ」
田西「かつがんでください」
芒「本当だよ」
田西「…ひでえなあ…」

感涙にむせぶ田西。先生ったら…。

そして婚礼の日。羽織袴の先生は、立ち上がり、挨拶の弁を述べる。

瓢人先生「私は、蛇が嫌いだ。もっと嫌いなものは、卑しい絵だ。それからですね、こういう挨拶は、大嫌いだ。私は、この結婚には反対だった。それはですね、独身でいていくら頑張っても下手くそな田西が、女房や子供に気を取られたら、こりゃもうお終いだと思った。一緒にならずに済むなら、両方のために誠によろしいことだと思った。ところがですね、二人とも、並大抵の馬鹿じゃない。反対されても、どうでも、一緒になりたいと頑張った。こりゃもう、只事じゃないと思った。だからと言ってですね、こんな馬鹿げた結婚の仲人を、他の人に頼むわけにもいかない。仕方がないから、私がやる。こんな次第。二人の結婚はですね、こりゃあ幸か不幸か、わかったもんじゃない。同じ貧乏でもですね、田西のはこりゃ、不器用貧乏だ。誠に念の入った男だ。なかなか、もったいない出来だ。…いや、はは、何を寝言言ってるか、わからなくなってきた。ま、あとは、よろしいように、やっていただく」

そして親友の龍巻教授が瓢人先生の後をうける。

龍巻教授「あ~、今夕、僕は、瓢人くんと、交友五十余年にして、初めて同君の、挨拶なるものに接した。はなはだ、訥弁だが、誠に、含蓄あり、悪罵、毒舌にみたるも、よく心の耳を持って聞けば、新郎新婦が、肝に銘ずべき、言葉である。あ~、さて、今夕は、瓢人くんが、一世一代の仲人に付き合って、同君と、僕とが、わんぱく時代から、名コンビと謳われた、極秘中のかくし芸を公開して、余興の先駆けとする」

そう言って始まったのはひょっとこ踊り。
ひょっとこ姿で踊る瓢人先生の美しいこと!おかめ龍巻のかわいらしいことwww

誰の仲人も絶対にしないと言っていた先生が、猛反対していた田西と美砂子の結婚を許し、仲人までしてくれた。しかも親友との秘蔵wのかくし芸まで披露して、宴席を大いに盛り上げてくれた。楽しそうに見ていた田西と美砂子の目にだんだん涙が溢れてくる。祝宴の主役の二人は恩師の想いに静かに肩を震わせる…。

すし徳「先生、ここにあった枇杷の12号と芥子の15号、どっかやったんですか」
瓢人先生「うん、いつのまにか、見えなくなったね」
すし徳「泥棒ですか」
瓢人先生「さあ、誰かね」
すし徳「冗談じゃねえ、訴えた方がいいですよ」
瓢人先生「なあに、煮たり焼いたりするもんじゃないからね」
すし徳「そんなことを言って、あの2枚売ったら、ここの家が買えますぜ」
瓢人先生「まあいい、飾る場所が変わっただけだよ」

田西と同じく瓢人先生の門下生である南原豊。彼は特選にも選ばれ、先生にも認められている新進の画家だが放蕩者。なくなった絵を誰が持って行ったか、先生は気が付きつつも鷹揚に構えている。のちに南原が女とトラブルになり警察に厄介になった折、大金の出所を瓢人先生に尋ねに来た刑事にもあっさり「くれてやった」と言い切る。そして釈放された南原に料亭で食事をさせた上、「この事件は内緒だよ。これは口止め料だ」と当座のお金を置いてすっと帰ってしまう。

晴れて夫婦となった田西と美砂子。結婚前と変わらず、美砂子は田西の絵のモデルをしている。

田西「どうも変だなあ」
美砂子「どうかして?」
田西「この頃、きみの顔が変わってきたよ」
美砂子「えらいわ、頼もしいわよ。今度の帝展、パスするかもしれない」
田西「おだててもダメだよ」
美砂子「だって、とても鋭い観察よ。あたしの顔の変化がわかるんですもの」
田西「何か、あるのかい?」
美砂子「あたし夢見てるのよ。立派な画家を生み出す…」
田西「何だい」
美砂子「ねえ、あたし、かわいい絵描きの卵を産むの」
田西「!そうか…」
美砂子「顔が変わるはずでしょ?」
田西「うん、そうそう落選もしてられんなあ…」

美砂子「あなた?」
田西「うん?」
美砂子「お祝いよ」
田西「勘違いするなよ…」
美砂子「ふふ、落選の知らせがちゃあんとあったのよ。だから、落選十五周年記念のお祝い。うんと盛大にね」
田西「(上機嫌で歌を歌う美砂子に)上手だねえ」
美砂子「ふふ、お稽古に通ったことがあんの。今夜はたっぷり聞かしてあげてよ」
田西「うん。よく金があったね」
美砂子「そりゃあ女のへそくりよ。死んだお母さんなんか、やりくりの天才だったわ」
田西「僕は、落選の天才だ」
美砂子「先生じゃないけど、そこが念の入ったもったいない出来よ」
田西「ふふふ」
美砂子「さ、御酌」
田西「はあ…ひさしぶりだ」
美砂子「ねえ、あたしにも」
田西「大丈夫かい?」
美砂子「だってお祝いですもの、ひとくちだけ」

二人の生活は相変わらず貧乏で相変わらず落選続きですが、お互いへの慈しみに溢れた幸せなものでした。しかしやがて美砂子は体調を崩して病の床に…難産ながら男の赤ちゃんを産んだものの危篤に陥り、先生も病室に駆けつけます。

美砂子「入選しました…」
瓢人先生「何よりも、立派な作品だね」
美砂子「先生、あたしの口がきけるうちに、坊やの名前、お願いします」
瓢人先生「そうかそうか、よしよし、硯を借りてきてくれんか」
美砂子「あなた」
田西「うん?」
美砂子「あなた、いい人だったわねえ…。あたし、幸せでしたわ」

先生が半紙に書いた名前は『瓢太』

美砂子「あなた」
田西「うん」
美砂子「瓢太ちゃんに、あたしの代わりに、歌ってあげてね」

美砂子「先生、田西を…」
瓢人先生「心配しなさんな、安心して。安心して」
美砂子「あたしが…あたし……」

田西や先生の見守る中、息を引き取る美砂子。

瓢人先生「田西君、よく、見なさい。美しい顔だ…。私たちの求めている、美しさだよ。よく、目に焼き付けておくんだね」
田西「はい……」

田西の生き様を見届けたいと語っていた美砂子は、命と引き換えに、田西の子を産んで旅立ってしまった。それからは乳飲み子を背中に負って、いつものように椅子に腰かける美砂子を描く田西。もちろんその椅子に美砂子はいない。でも田西の目の中に確かに美砂子はいるのだった。強く目を閉じ、美砂子を思い、キャンバスに向かう田西。そしてとうとう、田西の落選王の名は返上することになる。

龍巻教授「いやあ驚いたねえ、落選王田西、ついに名を成したじゃないか」
瓢人先生「泣くだけ泣いて、目の玉がきれいになったんだろう」
龍巻教授「いやあまさに念の入った奴だったよ。それについてね、大いに我が意を得た、批評が出てるんだ、見たかい」

『美砂子の像は、一見下手くそ極まる絵だと思ったが、見つめるうちに、言い知れぬ沈痛な悲喜といった雰囲気を覚えた。作家は、何を表現せんともがくのか。この絵は、語るでもなく囁くでもない。しかし、沈黙ではない。叫ばんとして、声を知らぬ、星の呻きだ。作家の、沈痛な悲願が、悲喜と化して、凝固しているのだ。美砂子の像は、作家の赤裸々の全人格をなすりつけて描き上げた、愛の詩である。魂の真実を、凝固、象徴化した、真の芸術作品である』

南原「田西、きさま…やったな。まいった、まいったよ。してやられた。俺が今日まで探して、どうしてもつかめなかったんだ。俺は、きさまが一番怖かったんだ」
瓢人先生「南原、弱音を吐くな。はっはっは」
南原「先生、僕は筆を折ってしまう」
瓢人先生「馬鹿な。ふふ」
南原「僕の狙いどころがなくなった」
瓢人先生「はっはっは。ま、一度思い切り叩きのめされて、すっかり自分を見失ってから、出直すんだね」

田西は涙を流しながら、美砂子の肖像を見つめる。

監督:千葉泰樹 脚本:八田尚之 原作:八田尚之(「瓢人先生」より)
出演:大河内伝次郎、笠智衆、花井蘭子、藤田進、古川緑波、河村黎吉、清川虹子、江川宇礼雄、田中春男他
製作:武山政信 配給:新東宝 1948年白黒95分

瓢人先生:大河内伝次郎
田西麦太:笠智衆(松竹)
青貝美砂子:花井蘭子
南原豊:藤田進
龍巻博士(教授):古川緑波
すし徳:河村黎吉(松竹)
お神さん:清川虹子 ←本当にこう書いてある。「女将さん」でなく。こういう言い方するものだったんだろか。
芒(すすき)銀介:江川宇礼雄 ←戦前の二枚目スターがこんなところに!
鶴井長太郎:杉寛(黒いベレー)
鯉沼一風:田中春男
鍋十(なべじゅう):鳥羽陽之助
文士A:汐見洋
文士B:久保春二
刑事:清川荘司
重役A:武村新
重役B:生方賢一郎
探訪記者:若月輝夫
医者:小島洋々
酒屋の掛取:加藤章
看守:山川朔太郎
看護婦:梅はる子
芸者A:伊勢山季子 ←たぶん年長の方
芸者B:榎本美佐江 ←たぶん年若の方