三土忠造 1871-1948
立憲政友会衆議院議員
文部大臣・大蔵大臣・逓信大臣・鉄道大臣・枢密顧問官・内務大臣・運輸大臣
1946年 村田晴彦が幣原内閣の内務大臣三土忠造に、軍事工場跡の借入れの斡旋を依頼
三土興三 1898-1924 長男 1948年「酔歌」アテネ文庫 キェルケゴールをめぐる思弁的断想 1924年 25歳 鉄道自殺 三木清[わが青春]『読書と人生』1942年6月号 一高から京都の哲学科に入った三土興三も変り者で、 私は彼において「恐るべき後輩」を見たのであるが、 自殺してしまったのは惜しいことである。 1965 現代日本思想大系 第24 筑摩書房 |