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1935 「図案科会」 →1943「多摩帝国美術学校」

1954「多摩美会教職員」 →1956「多摩図案会会員在学生」   →「1980」 →2002「交友会」

  帝国美術学校からの編入生数(開設時) 新入生募集数

(合格)

 在学数
    研究科 卒業生 5年生 4年生 3年生 2年生 1年生     ( )    
日本画 帝美30名の内/ 1名編入 0名 0名 0名 1名 1名 0名 1名   15名 ( )   18名
西洋画 帝美60名の内/13名編入 1名 2名 8名 9名 2名 5名 8名   60名 (2名)   95名
図案科 帝美80名の内/40名編入 1名 7名 5名 12名 10名 10名 13名   30名 (18名)   58名
彫刻科 帝美35名の内/ 1名編入 0名 1名 0名 0名 1名 3名     10名 ( )   15名
合計 帝美480名の内/64名編入                       186名
  卒業生名簿   1936年
10名
1937年
13名
1938年
22名
1939年
14名
1940年
18名
1941年
22名

1941年
21名
     
第1回卒業生(昭和11年)1936年3/23  1935帝美5年より編入卒業
図案科 佐々木順 福岡県生 中国 大連第一中学卒
1943 満鉄宣伝部
1939/10/21
  高島武敏
新潟県 高田中学卒
1935 帝美5年 新撰組
1956 兵庫造船
 
  柴田禎五
三重県 神戸中学卒
1935 帝美5年 新撰組
1956 水島プレス工業
 
  海老名壽五 千葉県 木更津中学卒  
  川澤次郎 高知県 城東中学卒  
  成瀬栄一 愛知県 岡崎中学卒  
  瀬川眞 静岡 沼津中学卒  

1935 多摩図案科会会員の内、帝美工芸図案科卒の者14名
   野津憲之丞 磯辺陽 桜井善朗 川勝得三郎 波坂実 渡辺喜代太郎 英賀重雄 江見駿長 小林彰 
   小玉道衛 筑井重 小林一平 遠藤隷児 三浦和美 (+その他の関係者 平井博など)

西洋画 五十嵐麗雄
(祥晃)
1911 石川県生 東京 滋賀 彦根中学卒
1929 川端学校入学
1952 別途、多摩造形芸術専門学校を卒業
「旺玄会」常任委員
  梅野順三 石川県生 金沢第二中学卒
1947「旺玄会」展 東京都美術館
 
研究科 徐紹曽    
第2回卒業生(昭和12年)1937年3/23 1935帝美5年より5年生編入
図案科 宮 長兵衛
(宮 桐四郎)
岩手 第八中学卒
1936 デゼグノ「商業美術雑感」表紙
   デゼグノ「浜田氏に答ふ」
1956 朝日新聞「英文日本」
1959 日航マーク原案 ヒサシ・タニ図
  山内秀一 三重 四日市商卒
1956 挿絵画家
  岩淵秀夫
岩手 東京 青山学院卒
1936 「デゼグノ」1号2号 委員長
1937 「デゼグノ」3号 委員長
1956 インターナショナル宣伝
1965 多摩美術大学正常化連盟
1965 杉浦非水本葬運営打ち合わせ8/20
(1948 インターナショナル宣伝株式会社
 設立者 松岡正雄)
  豊藤正文
徳島 福岡西南学院卒
1953 多摩美術大学 講師
1956 フリー
1965 正常化連盟
 
  小宅俊一郎 岐阜 大垣中学卒
1943 東宝文芸部小道具課
 
西洋画 反町博彦
1911 群馬県生 高崎市 前橋中学卒
1930 上京、川端画学校に入学
1933 帝美に入学。盟休派から絶縁状
1937 多摩帝美 助手
1943 職員 出征中
1943 日吉学園高等女学校 美術教諭
1946 光風会会員
1947 多摩帝美 助教授
1978 洗足学園大学 教授

  天野通
愛知県 明倫中学卒
1968 旭川営林局天塩営林署
 
  中村太郎 石川県 金沢一中学卒
1954 公務員
 
  田村毅 岡山 金光中学卒 
1943 出征中 戦死
 
  寺内鮭三 大阪 浪速中学卒
1935 盟休破り
1943 職員(出征中) 戦死 
 
  村尾栄 岡山 吉備商卒  戦死  
  黒瀬正介 広島 高輪中学卒  
  (鹿島守久    
  (小杉勇一 宮崎 都城中学卒  
研究科
邱潤銀 1910 台灣省高雄縣美濃鎮 生
1932 帝美 西洋画 入学
彫刻科 児島正典
徳島 京都中学卒
1935 帝美4年 新撰組
 
第3回卒業生(昭和13年)1938年3/21 1935帝美4年生より4年生編入 
図案科 青井辰雄 愛媛 松山市 松山中学卒
1936 デゼグノ「報告」
1938 改造社 宣伝部
1943 出征中
1953 多摩美術大学
 
  土方重巳 滋賀 東京 開成中学卒
1937 デゼグノ「文化の変遷」
1938 東宝映画入社
1944 「多摩美術」復刊1号6頁
1953 「人形芸術プロダクション」飯沢匡
1956 フリー
1960 NHK人形劇ブーフーウー
  菊池友一 山形 寒河江中学卒
1938 デゼグノ「二つの問題」
1943 オリエンタル写真 宣伝課
1956 生薬日本社
1964
  中野菊夫 1911生 東京 国士舘中学卒
1936 デゼグノ「ポスタ ポエジ」
1937 デゼグノ「文化の変遷」
1938 デゼグノ「絨毯デザイン」
1938 デゼグノ「東京放送館絨毯」
1951 樹木主宰
1956 詩人
1965 正常化連盟

  福浦三郎 1913 北海道 生 函館中学卒
1937 「デゼグノ」4号5号 委員長
1938 「デゼグノ」6号 委員長
1943 出征中
1956 倫理研究所
 
  稲垣孝之助 大阪 高津中学卒 
1940 戦死中支
 
  原田泰三 徳島 成城中学卒
1936 デゼグノ「産業工芸私考」
1940/5 戦死中支
 
  綾部義忠 東京 府立第三中学卒  
  板谷達 石川 大聖寺中学卒
1956 東京袋物商工協同組合
 
  鈴木淳夫 東京 東京中学卒
1956 巴広告社
 
  平松定彦
(幸彦)
東京 同志社中学卒
1937 デゼグノ「舞台美術の動向」
1950「流れ作業」東宝教育映画部
1956 映画プロデューサ
社会科教材映画大系ドキュメンタリ
トヨタ自動車工場に取材
  満江清 熊本 福岡県中学修猷館卒
1956 巴広告社
 
  (矢島健三) 1914 生
1940 日本挿絵画家協会
1956 挿絵画家
  (室田豊四郎)
(室田豊城)
1904 秋田県鹿角郡 生
1928 京都絵画専門学校選科 卒
1932 青竜社 1933脱退
1938 陸軍従軍画家 中支 北支
1939 (多摩帝美卒)?
1944 武漢で油絵展示会
1956 武蔵野美術大学日本画講師?
1956 多摩図案会 山脇服飾美術学院教授?
1965 正常化連盟杉浦葬儀司会
1969 上野毛校舎で文書配布
1977 第3回東京展
新制作協会会員
日本画 高橋重郎
孫:高橋園
(陶人形)
群馬 富岡中学卒
1935 帝美3年 新撰組
1940 多摩帝美日本画科助手
1943 出征中
西洋画 内田孝 神奈川 東京 府立第八中学卒  
  鹿島守久 鹿児島 京華中学卒  
  河村寅明 広島 広陵中学卒  
  福島實 東京 芝中学卒
1943 日本製糖
 
  古館正藏 福岡 唐津中学卒  
  細木原茂直 岡山 東京 麻布中学卒  
  水垣正 兵庫 豊岡商工卒  
  高山底 大分 安東中学卒
1956 多摩図案会 毎日新聞社国際部
1970「ナセルの死で」エコノミスト記事
 
  仲嶺康輝 沖縄 東京 大正大学卒
1934 沖縄美術協会展
1981 「麻姓門中の歴史」著
琉球政府会計検査委員会
 
第4回卒業生 (昭和14年)1939年 1935帝美3学年より3年生編入
図案科 長谷川七郎
妻:内山ひさ子
(女子部)
1913 新潟 新潟中学卒
1936 デゼグノ「方法に関する覚書」
1937 デゼグノ「商業美術 反論」
1938 「デゼグノ」7号7号編集発行
1938 デゼグノ「ナチの美術を通して
1939 デゼグノ「二人の広告作家」
1938 デゼグノ「産業美術 展望」
1941 「現代産業美術」[]
1943 「機械藝術」
1946「科学と生活」創刊
1948 「工藝研究」安藤更生, 新井泉, 長谷川
1954 デゼグノ「工業デザインの前提
1956 多摩図案会 日本技術協会理事
1964 「ロシアの民芸 : 形と文様」
1997 「長谷川七郎詩集」
2005 没
  龍蔵寺直彦
熊本 松山中学卒 非水と同郷 重信町
1937 デゼグノ表紙
1943 出征中
  鹽塚四郎 長崎 東京 攻玉社中学卒
1943 多摩帝美 助手
1937 デゼグノ表紙
1956 日本専売公社宣伝課
  下島正夫 長野 飯田中学卒
1936 デゼグノ「ポスタ 機械美」
1937 デゼグノ「モリスについて」
1937 デゼグノ「モヒリ ナギ」
1938 デゼグノ「カウハー」
 
  重信文雄
愛媛 松山中学卒 非水と同郷 重信町
1943 職員(出征中)
1956 松山三越図案部
 
  橋本昇 東京 日大三中学卒  
  田代博茂 静岡 沼津中学卒  
  浅見弘 鳥取 鳥取一中学卒
1943 松竹本社演劇宣伝部
1956 鳥取市教育委員会事務局
 
  関口裕 埼玉 豊橋中学卒  
  (浜野一雄    
  (山下登    
  (片岡慶輝) 1941 図案科会  
  (佐々木新一) 1941 図案科会  
 女子部 内藤秀満子 夫:内田穆(丸善)
弟:内藤克洋(東京音楽社)
 
西洋画 爪田綽 福岡 築上中学卒 
戦死
ビルマ戦線
 
  (銅谷重雄)
(繁雄)
拍洋
1918 新潟市古町
1944 新潟鉄道郵便局本局庶務会計課給与係
1983 太平洋美術学校卒業
 女子部 田中田鶴子 1913 仁川 16歳まで青島
1936 新制作派協会
1940 多摩帝美 助手1年
1946 女流画家協会
1982 バルセロナ工科大学ガウディ研究所
2015 101歳
日本画  
 
 女子部
大津留 依子 1942 第六回文部省美術展覧会
1972 「鳥獣曼茶羅」俳句
1985 「井上伝女銅像制作 覚書」
彫刻科 竹内貞太郎 東京 成立中学卒  
第5回卒業生(昭和15年)1940年 1935 帝美2学年より2年生編入  (1936年入学 60名 志願者65名)
図案科 関正
1939 「デゼグノ」9号10号編集兼発行者
1956 フリー
  原安佑
1917 岡山県倉敷市
1936 デゼグノ「自己への口論」
1936 二科展 内田巌に師事
1938 デゼグノ「機械工業と美術」
1940 卒制が非水賞
1941 応召 松戸航空隊
1943 出征中
1948 日本アンデパンダン展
  波根康正 墨の絵之会
1943 東宝札幌出張所 宣伝主任
1956 フリー
 
  下村俊 1943 寳製薬宣伝部
1956 昭和薬品化工 宣伝部
 
  片岡慶輝 日大三中卒  
  山中貞三(梯) 1943 中華煙草社 宣伝部
1956 東亞広告社図案部
 
  高橋七郎 1943 出征中
1956 フリー
 
  正岡績 1943 図案社自営  
  (津吹辰三) 1941 図案科会  
  (児島勇) 1941 図案科会  
 女子部 加藤(伊吹)照子    
染色 服部陽一 1956 フリー  
西洋画      
 女子部 渡邊(渡部)千鶴    
  奥田(中出)八重子    
  小笠原(母良田)敦子    
  平井富美子    
 専攻科 野尻みか    
彫刻科 堀義雄 1917 金沢市
1950 日展 乾漆彫刻
1955 二起会
1963「子供の造る彫刻」著
  坂手譲  1957 堀川町原爆慰霊碑
  (伊藤五百亀)
1918 愛媛県新居郡
1940 多摩帝美 中退
第6回卒業生(昭和16年)1941年3/3 1935 帝美1学年より1学年編入   太平洋戦争 12月8日開戦
図案科 小谷博貞 1915 札幌市
1936 デゼグノ「途上にある者の辮」
1937 デゼグノ「文化ポスタ」
1938 デゼグノ「覚書」
1938 デゼグノ「装飾美術的傾向」
1938「集団動派」ポスター
1938 臨時召集 1940復学
1954「DESEGNO新しいデザイン」編集
1964 主体美術協会創立会員 洋画
1987 北海道文化賞
  内田穆
妻:内藤秀満子
父:[内田魯庵]
兄:[内田巌]
1943 出征中
「マーメイドの会」幹事
1956 渡辺高木建築事務所
1948農村住宅と封建的意識「農政評論」27-30頁 毎日新聞
1977 日本の集落14:東京・神奈川「住宅建築」1977年3月号
  光本邦夫 1943 出征中 戦死 1943  
  吉田元彦 1943 鉄道省業務局国際課 戦死 1943  
  南幸彦 1943 東宝特別映画班 戦死 1943  
  大八木一雄    
  鈴木國雄 1943 玉置商店 宣伝部
1956 多摩図案会
 
  田中康晴 1943 出征中  
  田村庄二郎 1943 出征中  
  武石恒三 1956 日本交通事業社  
  橋本正人 1943 上野松坂屋
1956 日本交通事業社
 
  田中亦男    
染色 岩下洋 1956 多摩美術大学 助手  
1956 多摩図案会 (川内親 佐久川章吉 向仲金弥)
1941 図案科会 (服部陽一 仁木忠三郎 富永徳良 広岡萌三郎 加藤條 向仲金弥 渡辺紳一郎 浅田鳩三 佐藤哲郎 岡村孝) 
西洋画 山田直次     
  川内親    
  瀧沢宏行    
  中西太郎(徹)    
 女子部 大住(深尾)閑子 1915 生
新制作協会会員
女流画家協会 大住閑子賞
2008/11/1 地球堂ギャラリ
 
  岸本(古川)桃子    
  邊春萬佐子    
日本画 豊島巧 1943 出征中 戦死  
         1937年入学 75名入学 (志願者82名)
図案科 春日修 1943 出征中 戦死  
  西川俊和 1943 出征中 戦死 公務中敵機掃射  
  堀榮 1943 出征中 戦死  
  井上太郎 1943 出征中
1956 玉置製薬 宣伝
 
  内野了齋 1943 出征中
1956 松竹映画部宣伝課
 
  岡田敏之(敏三)    
  小原十郎 1956 科研製薬  
  加藤修 1943 出征中  
  河野信義    
  北陽平 1937 デゼグノ「バンガロウ」
1938 デゼグノ「切手の構図と印刷」
1943 出征中
1995 交友会理事
 
  小島基司 1943 松竹大船撮影所美術部
1956 映画美術フリー
1943「家に三男二女あり」松竹
1961「南の島に雪が降る」東京映画
1962「青べか物語 」東京映画
1967「喜劇 駅前学園」東京映画
  圖司義夫 1943 出征中
1956 大和証券 宣伝部
 
  富永徳良 1943 東京急行 開発課  
  東宣正 1943 出征中
1956 SS製薬企画宣伝部
 
  逸見次郎    
  渡邊功 1943 横浜シネマ研究所  
  吉本時昌 1943 外映宣伝部
1956 アトリエD
 
染色 松原雅夫
(雅生)
   
西洋画 伊吹英次
妻:加藤照子
(女子部)
1918年
1935 多摩帝美入学 1 2
1950 伊研創業
   横浜市金沢区福浦2-13-3
1962 神奈川県美術家協会創立参加
1994 伊吹英次作品集 出版:伊吹照
 
  中西太郎 1943 出征中  
  (川内親 1954 高校教師  
研究科 郭仁植
戦後改名(郭仁)

小俣智子
1919 韓国慶尚北道達城郡玄風面上洞
1937 帝美
1939 多摩帝美入学
第7回卒業生(昭和17年)1942年 繰上卒業 9/26 12月26日卒業 1938年入学 80名(志願者88名)
図案科 岡部一彦
弟:岡部冬彦
1921 東京
1952 バラとゆびわ 岩波少年文庫
1958 山岳同人会 設立
1956 フリー
1969「登山技術」山と渓谷社
  若菜珪
子:若菜等
1921 埼玉県出身
1956 世田谷区役所社会教育課
  黒宮𨥉次 戦死 輸送船撃沈  
  池見裕男 1943 出征中 戦死  
  笠間九郎    
  越緒邦昌 1943 出征中  
  (黒宮鉄次) 1956 多摩図案会 死亡  
  (石川正夫) 1943 出征中
1956 岩波写真文庫
 
 女子部 柿添(山本)弘子    
  山崎(原田)すが 専攻科へ
2019/1 北九州市八幡西区
(重複10回生)
染色 飯田眞弓 1943 出征中  
西洋画 井手桃太郎
父:井手伝次郎
  写真家
1922 長崎
宮崎県都城で暗号兵
活水女学院の美術教師
1946 浦上天主堂 原爆写真
1954 富士フィルム
  山本昌平 1943 出征中  
  武下嘉宏 1954 中学教師  
  (鈴木猛人 1954 書店主  
 女子部 高橋(高崎)澤子 専攻科へ
2000 旧軌会展
 
日本画 井口正三    
彫刻科 坂本良武    

第8回卒業生(昭和18年)1943年12/26 繰上卒業 9月23日卒業 1939年入学 82名 (志願者107名)

図案科 高田藤三郎 1956 フリー
2000 旧軌会展
1979
  亞厂杲 繰上卒業後に出陣 戦死 ソビエト抑留  
  立岩一郎 繰上卒業後に出陣
1943 出征中
1956 フリー
2000 旧軌会展
 
  石垣七郎 繰上卒業後に出陣
1943 出征中
1956 フリー
2000 旧軌会展
 
  三木次郎 1943 出征中  
  風間一男 1943 出征中
1956 フリー
2000旧軌会展
1998 交友会理事
 
  小名木晃 1943 出征中  
  武田弘    
  角田專一郎 2000 旧軌会展  
  郷義郎 1956 教師  
  (小山新) 1956 多摩図案会 凸版印刷企画課  
  (野口佐武郎) 1956 多摩図案会 フリー  
  (三木次郎) 1956 多摩図案会 フリー  
  (山田元彦) 1956 多摩図案会  
 女子部 柄澤(岡山)瑠璃子 2000 旧軌会展  
染色 曲澤一郎 1943 出征中
1956 川崎岡田屋デパート
 
西洋画 三輪勇之助
1910 三重県四日市市
1937 多摩帝美 入学
1945 舞台美術家山崎醇之輔の手伝
2000 旧軌会展
  宮本 薫
1920 横浜市
国画会
1943 出征中
2000 旧軌会展
  北島精六 1920 大曲市角間川
光風会 日展 創元会委員
2000 旧軌会展
2019/1 茅ヶ崎市
  中野(御木)泰雄    
 女子部 村上(石井)朗子 2000 旧軌会展  
  漆喜(井上)代子    
第10回卒業生(昭和19年)1944年9/23 1940年入学 100名(志願者120名) 学徒出陣 12月1日
            国家総動員法により工場へ勤労動員 (溝の口の日本光学)
            2月に3年男子学生14名・2年生男子学生30名・男子学生41名
            9月23日に女子部全員
日本画 寺内(斉藤)國 専攻科 2学年 勤労動員 繰上卒業  
 女子部 鈴木(仲田)幸子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  菅沼(熊沢)美南子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  井上(藤谷)春野 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  鈴木(小貫)喬子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  松原(外山)ゑみ子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  中須(宝鏡)香代 2学年 勤労動員 繰上卒業
2000 旧軌会展
 
西洋画 石戸正七 戦死  
  中森謙三 1944「多摩美術」学徒出陣号編集  
  今野吉之進    
 女子部 高橋智恵子    
  永吉智子    
  西井養子    
  渡邊信子 2000旧軌会展  
  大内和子 1学年 勤労動員 繰上卒業  
  土屋(徳山)輝子 1学年 勤労動員 繰上卒業
(西洋画1948卒)
 
  鳩山(渡邉)信子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  鹽田(近藤)政子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  馬場(野村)陽子 2学年 勤労動員 繰上卒業  
  中敬子 2学年 勤労動員 繰上卒業
2000 旧軌会展
 
  高橋(高崎)澤子 専攻科2学年 勤労動員 繰上卒業  
図案科 野口佐武郎 兵役
スタジオオブイラストレーターズ 校長
  太田大八
1918 長崎県
1944「多摩美術」学徒出陣号編集
  黒田(蘆田)誠介    
  田中政夫    
  永田久光 1956 日本経済新聞 調査  
  遠藤敏博    
  武田邦雄 1956 野村証券 宣伝  
  神谷尚光    
  佐久川章吉    
  數見吾一 1956 フリー  
  小山新 出陣
2000 旧軌会展
 
 女子部 山崎(原田)すが 図案科専攻科2学年 勤労動員 繰上卒業
2019/1 北九州市八幡西区
(重複7回生)
染色 飯田謹司 1956 日興証券 企画

 

彫刻科 鈴木高 1944「多摩美術」学徒出陣号編集  
(卒業していない上級生の出陣 山田元彦(兵役) 和田稔)
 (3月 決戦教育処置要項 学校授業を停止) 5月24日焼夷弾空襲により校舎焼失 9月2日終戦
第11回卒業生(昭和20年)1945年3/23 1941年入学 100名 (志願者120名)
図案科 石井出雄
(規源斎)
石井茶碗美術館
  福本喜彦 1944 勤労動員3学年  
  松本晟 1944 勤労動員3学年  
  矢澤信彦 1944 勤労動員3学年  
  八島茂正 1944 勤労動員3学年  
  山田元彦 1944 勤労動員3学年  
  中村正 1944 勤労動員3学年  
  岡部直宣    
  (河越陽吉) 1944 勤労動員3学年  
染色 堀友三郎 大阪府
1944 勤労動員3学年
   「多摩美術」学徒出陣号編集
多摩美術大教授
日展、光風会
2000旧軌会展
1995 交友会理事
  古田重郎 東京
1944 勤労動員3学年
多摩美術大教授
日本画 池田孝一
西洋画 松本俊 1944 勤労動員3学年  
  岡村静雄 1944 勤労動員3学年  
  中川清信 1944 勤労動員3学年  
  柏倉常太郎    
  田邊和満 2000旧軌会展  
彫刻科 金子直裕(春三) 1944 勤労動員3学年  

第12回卒業生(昭和21年)1946年3/23  1942年入学 100名(志願者120名)  (4月 30名入学)

日本画 岡田三穂麿
父:岡田茂吉
子:岡田陽一
 (世界救世教)
1944 勤労動員2学年
  尾山幟 1921 北海道釧路市
1944 勤労動員2学年
日春展委員 日展評議員
  草薙喜重郎 1944 勤労動員2学年  
  今井潔 1944 勤労動員2学年  
西洋画 徐藍松 1923 台湾 桃園
1940 入学
1944 勤労動員2学年
1946 起省
2010/1 桃園市
  島村達彦
1922 山形市
1944 勤労動員2学年
1946 資生堂で個展
1959-1968 ブラジル
  森兵五
1924 横浜市金沢区 父の沖右衛門も独立展
1941 独立美術協会
1944 勤労動員2学年
1959 横浜美術協会会長
  滋野清旭
(ロジェ滋野)
兄:滋野清鴻
(ジャック滋野)
父:滋野清武
(男爵飛行家)
1923生 滋野清武の次男
1944 勤労動員2学年
「ジェリー藤尾とパップ・コーンズ」
1957 「ブルー・コメッツ」結成
1963 「ロジェ滋野とシャドウズ」
1977日本芸術家集団 創立委員
1979日本芸術家協会に名称変更
1981国際現代美術家協会の発起人
1963
  五十嵐直裕 1944 勤労動員2学年  
  宇佐美幸一 1944 勤労動員2学年  
  川島悌吉 1944 勤労動員2学年  
  池田(久保田)勇 1944 勤労動員2学年  
  栗山亮二 1944 勤労動員2学年  
  齋藤政行 1944 勤労動員2学年  
  中村幸雄 1944 勤労動員2学年  
  西田英夫 1944 勤労動員2学年  
  西原槿 1944 勤労動員2学年  
  深谷龍哉 1944 勤労動員2学年  
  福井博 1944 勤労動員2学年  
  米山獅郎 1944 勤労動員2学年  
  鷲崎吉彦 1944 勤労動員2学年  
  (武野良信) 1944 勤労動員2学年  
図案科 海寳進夫 1944 勤労動員2学年
 
  橋本三郎 1944 勤労動員2学年  
  吉田健男 1944 勤労動員2学年 
  「多摩美術」学徒出陣号編集
 
染色 栗原宏 1944 勤労動員2学年
多摩美術大教授
 
彫刻 清田明照 1944 勤労動員2学年  
  巴山猛 1944 勤労動員2学年  
  小松利雄 1944 勤労動員2学年
2000旧軌会展
 
  後藤慶一 1944 勤労動員2学年  
多摩造形芸術専門学校 
1947年 卒業ナシ
第13回卒業生(昭和23年)1948年3/23
日本画 齊藤惇 1944 勤労動員 1学年
日本美術院 千葉県展 四街道市美術協会
1995 交友会理事
 
  遠藤喜丸 1944 勤労動員 1学年  
洋画科 秋元利生 1944 勤労動員 1学年
  米谷京太 1944 勤労動員 1学年
函館商業高等学校 職員
2000 旧軌会展
  三澤覚藏 1944 勤労動員 1学年
1948 多摩帝美
1954 洋画科採用 溝の口寮世話役
1956 洋画科助手採用
1956 多摩芸術学園 絵画
1965 正常化促進連盟 2/9 発足18-9名 2/18
2010 ちやかほい展
  上野平樹 1944 勤労動員 1学年  
  澤田孝平 1944 勤労動員 1学年  
  林茂樹 1944 勤労動員 1学年  
  松岡正一 1944 勤労動員 1学年
2000 旧軌会展
 
  眞野俊久 1944 勤労動員 1学年  
  村上洋一 1944 勤労動員 1学年
2000 旧軌会展
 
  山岡一哉    
  椎名清    
  土屋(徳山)輝子 2000旧軌会展  
図案 大木禮二  1944 勤労動員 1学年  
  徳山靖 1944 勤労動員 1学年
2000 旧軌会展
 
彫刻科 長江録彌
1926 愛知県瀬戸市
1943 多摩帝美 入学
1944 勤労動員 1学年
1946年-50 溝の口仮校舎に寝泊
1995 芸術院会員 日展常務理事
1995 交友会理事
1年生の動員学生で卒業していない者
西洋画
1年
椎名清 山岡一哉 池田宏 柴誠 杉原信雄 三井淳介 蔡英才 増田隆雄 菊間猪三 森東一郎 
横尾将 篠原豊 赤堀x博 岡田三郎 大仲貞吉 高橋喜重郎 畑田一燈之 松村満夫 進藤香三木 
(消息不明 國本寅晟 大原仁源 井田昭 佐々木繁太 達原健雄 西原徳潤 康原喆榮 富永恒光 
田井和文  林炳西 橋本室生 内田耕平 門出振作 野上彰道 米谷昇 高部友次郎 渡邊敏雄 
小松鑛一郎  松井恒光 高橋忠 沖松圓 千脇吾郎 河村吉章 古市廣保 生野三郎 石神廣始 
田中順 松山文重)
日本画
1年
松尾壽八 小島貞夫 櫻井治夫
 (消息不明 岩原善之)
図案科
1年
荒木吉彦 菅沼常八 由原登
 (消息不明 池田孝一 沼田敏 城戸要 杉本正次 河田四郎藏 今関利章 片寄三郎)
彫刻科
1年
玉田義雄 林静夫 永田大石 佐治一雄
(消息不明 豊牧淳三 時田貢雄 三木繁 餘野繋一)
(昭和24年)1949年 卒業ナシ
  (池田龍雄) 1928 佐賀県伊万里市
1943 海軍航空隊に入隊
1948 多摩造形芸術専門学校 入学
    アヴァンギャルド芸術研究会
1968年「ろくと はちの ぼうけん」こどものとも
  (桂川寛) 1924 北海道札幌市
1948 多摩造形芸術専門学校 入学
1949 多摩造形芸術専門学校中退
    小河内ダム建設反対運動
第14回卒業生(昭和25年)1950年3/10
油画
5名
勝呂忠
妻:福田伸子
妹:日本画
1926 東京
1946 多摩造形芸術専門学校 入学
1949 明治大学文学部仏文科に編入学
   「多摩美術」復刊号編集
1954 文化学院美術科講師
1957 多摩美術大学講師 -1968辞任
1969 京都産業大学教養部講師
1995 交友会理事

  宇井(岩立)寛 宮章 斉藤忠誠 朴周烈 伊東寿太郎
彫刻
1名
吉田文一(選科)    
図案
10名
福田伸子
夫:勝呂忠
   
  杉浦英二 森川(梼・ウツギ)㐂代一 鈴木進 松尾彦三郎 山本信 山田敏雄 田中島稔
石上弘行(選科) 山形礼一(選科)
第15回卒業生(昭和26年)1951年3/10
日本画
5名
近藤賢隆 青木久重(稔雄) 長坂奈世子 秋元清治
油画科
23名
内山孝
孫:志村リヨウ
1922 佐賀県
1944「多摩美術」復刊1号34頁
   「ゴッホと自分」
1949 光風会
    日展評議員 日洋会
  有谷日出夫    
  薬師神広重 町田篤信 宮崎浩治 後藤寿雄 守屋昭四郎 松坂唯子 大庭隆 町田光(中山正、高橋光)
草間虔一 富谷利男 楠原義一 柴田広治 鶴田貞男 浦哲男 石田茂吉 櫻井康寿 管鉄郎 千脇吾郎 
彫刻 伊藤克己
図案
11名
大西敏子 高安照治 秋元武芳 (図案科会第15回4名)
図案建築 飯島一也 高橋靖 若杉昌也 田渕幸俊 矢代繁雄
第16回卒業生(昭和27年)1952年3/3
日本画
6名
土田武雄 池田幹雄 水野本光 藤田久美 高野清一 森田正雄
油画
41名
五十嵐麗雄
(祥晃)
1936 別途
多摩帝国油画 卒
  佐藤恵一 1922 塩釜市
1956 芸術による教育の会
 
  野沢正男 高崎文夫 日向(野口)文子 河副穆敬 林成己 佐伯克介 佐藤道功 新藤和夫 
柴山(西谷)義昭 大村昭雄 水口満 上野(若杉)道子 能勢建夫 阿部八郎(幹英己) 
下田喜一 斉藤公明 白﨑明 所猛三 米山信子 海本健 金達洙 和田甫 高森明 
本道守 藤川(大村)曜子 佐藤進保 中川務 大山忠男 清水土郎 小間嘉幸 木藤公司 
嶋吉恒雄 高橋健吉 野口亨 加藤豊 今野静江 増田福三 新地穣
彫刻
3名
中垣茂樹 渡邉賢成 杉森憲之
図案
22名
森正洋 1927 佐賀県藤津郡塩田町
1948 多摩造形芸術専門学校 入学
1960 第1回グッドデザイン賞
1974 九州産業大学芸術学部教授
  本田八郎 2000旧軌会展  
  朝井康治 吉澤弘三 田口精一 小口良夫 市橋謙治 林祐二 奥泉廣政 川崎謙三 塚本裕 須山哲男 
     岩村(本多)冨子 山名有世 澤地康行 杉江康彦 本多八郎 眞上次郎 小川浜子 山本久 
     (図案科会16回生17名)
建築
2名
藤門恵藏 佐藤武雄 鴇田磯夫 宮本潔
多摩美術短期大学
第17回卒業生(昭和28年)1953年3/3 
[油画]13名 岩泉萬次郎 1924 岩手県
1945 岩手師範卒業
光陽会委員
2000旧軌会展
  名畑成進 小間政男 八幡謙二 鈴木重敏 市川六男 平間禎一
      結城繁 鈴木昭松 小野正人 長南要 石川祐多 小成一雄
[彫刻]1名 右田洋二
[図案]7名 竹村衛 八巻博 魚成祥一郎 布川秀男 猪瀬敏子 渡邊房雄 山本貞雄 

1935「図案科会」機関誌デゼグノ (帝美の工芸図案卒業生15名や関係者平井博を含む ) 
1935「新図案家集団」
1935「造形図案作家陣」
1935「どろゑ・くらぶ」
1938「研究室六科」鈴木敦夫 原田泰三(戦死) 中野菊夫 満江清 菊池友一 平松幸彦 稲垣義忠 福浦三郎 板谷達(戦死) 土方重巳
1938「テクニーコ」 浅見弘 下島正夫 長谷川七郎
1938「集団動派」(出征中)小谷博貞 原安佑 山中貞三 波根康正 下村俊 正岡績 関正(新加入) 高橋七郎(ポスター収蔵 札幌芸術の森 )
1938「亜動」(杉浦教室3年一同) 大八木一雄 加藤修 田中康晴 南幸彦 光本邦夫 鈴木國雄

1954「多摩美会」
1956「多摩図案会」 (帝美卒業者および新制大学編入者を含む) 事務局:千代田区有楽町1-3 24温泉地区連絡所内
1956「立体会」事務局:ヒロデザイン事務所 1974 事務局:立体デザイン研究室 高橋士郎

1995「交友会」事務局:東京都八王子市鑓水2-1723 多摩美術大学内
2000「旧軌会」